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愚直なアニメ化。アニメ『ばいばい、アース』(1期)感想

TVアニメ『ばいばい、アース』を、先日全話見終えた。

各クールごとに放映されるアニメが40本近くある現代だが、SNS上で話題のメインストリームになるのはその約40本のうちの一握りにすぎない。例えば今期だと、『逃げ上手の若君』『しかのこのこのここしたんたん』『【推しの子】第2期』『負けヒロインが多すぎる!』あたりがSNS上の覇権を握っている。その「一握り」から漏れた大抵のアニメは、SNSの片隅に集まった好事家の間で、静かに語られるにとどまる。
このnoteで語る『ばいばい、アース』も、先述したような「大抵のアニメ」のうちの1つだが、本作はその中でも特に話題になっていなかった。
理由は簡単だ。まず、原作となる小説に知名度がない。
作家・冲方丁氏が手がけた原作が文庫化し手に取りやすくなったのが今から17年前の2007年。氏の代表作である『マルドゥック・シリーズ』『天地明察』『蒼穹のファフナーシリーズ』などと違って、現在に至るまで本作はOVA・映画化などのメディアミックスは行っておらず、唯一本作の放映に合わせてコミカライズが発売されたのみ。故に本作は、冲方丁ファンの中でも彼がハヤカワやライトノベルを主戦場としていた最初期を知る古参ファンしか知らない、まさに「知る人ぞ知る」作品になっていた。
加えて、本作は放送局が少なかった。このアニメ、地上波ではBS日テレと有料チャンネルのWOWOWでしか放映されておらず、多くの人の目に留まることがなかった。

なので、放送前は上記したような「最古参の冲方丁クラスタ」しか本作を話題にしていなかった記憶がある。

そんな『ばいばい、アース』に、僕は24年夏アニメの中でも大きな期待を寄せていた。
まず、僕は原作既読者ではあったものの本作を真に理解できているとは言い難かったため、アニメが「原作の理解を深めてくれる補助線」になるのではないか、という期待があった。
そしてもう一つ、本作は難解な内容から、原作を知る人からは長年「アニメ化は見てみたいけど、無理だろう」と言われてきた過去があり、公式も原作を「映像化不可能といわれた傑作小説」と評している。そう評されてきた原作にあえて挑むということは、制作陣には相当の自信があるに違いない、と僕は踏んでいたのだ。

結論から言えば、その期待は裏切られた。
確かに制作陣の言う通り、『ばいばい、アース』はアニメにはなった。だがその内容は腐るほどある「ただ原作を映像にしただけ」の凡庸なアニメでしかなかった。

このnoteでは、なぜ僕が待望のアニメ化を果たした『ばいばい、アース』を受け容れることができなかったかを記していきたいと思う。本作が気になっている人の参考になれば幸いだ。
逆に、本作を支持している人は気分を害する可能性が高いので、ブラウザバックを推奨する。


◆後追いメディアミックスの面白さ

作品について語る前に、後述する作品評で重要になるので、個人的な「アニメ化、コミカライズ、ノベライズなどのメディアミックスの面白さ」の定義を語っていく。
僕は、こうしたメディアミックスの面白さは「原作が描ききれなかった部分の補完」「作り手の原作愛が滲む原作改変・追加描写」にあると思っている。

①原作が描ききれなかった部分の補完

唐突だが、僕はアホである。
なので、アニメ・ゲーム・小説などのエンタメに触れた際、話の大筋は理解できても「あの人はなんでこんな行動をしたの?」「あの人の言ったセリフってどんな意味があったの?」「なんでこの技・武器を使うことで敵を倒せたの?」といったディテールが理解できず、大抵1つか2つ疑問を抱えたまま、物語を読み終えてしまうことが多い。
そんなアホの僕が重宝しているのが後追いで出てくるメディアミックスだ。これらのメディアミックスでは本編で語りきれなかった「キャラクターの行動・セリフに秘められた意図」「明かされなかった裏設定」が語られていることが多く、上記したような疑問を解決しつつ、本編の面白さを拡張してくれる。

好例がアニメ版『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズだろう。
アニメジョジョは基本的には原作を踏襲しているのだが、随所で細かく原作の疑問点のフォローや後に出た外伝作とのすり合わせをしたり、キャラクターの心理面を掘り下げるアニオリシーンを挿入しており、これらのアニオリ要素はファンからの評価が高い。
原作者の大幅監修のもとにアニメ独自の展開が行われ、キャラクター描写の不自然さが解消された令和アニメ版『るろうに剣心』や、同じくアニオリシーンを追加して原作にない見どころを追加しつつ原作の不自然さを解消した『BLEACH 千年血戦篇』も同様の理由から評価されている。

「アニメ→小説、漫画」のメディアミックスは、特にこうした「原作補完」を行う傾向が強い。
後の続編とすり合わせるような描写や、小説作品『ADOLESCENCE』の要素を組み込みつつ、独自に「ファフナー搭乗訓練の様子」「各パイロットが持つ”天才症候群”の異常性」などアニメでは描かれなかった部分を掘り下げた松下朋未版『蒼穹のファフナー』、あまりに描写不足だった原作の補完に奔走した小太刀右京版『コードギアス亡国のアキト』など、原作をより楽しむ「副読本」として活躍したコミカライズ・ノベライズは多い。

②作り手の原作愛が滲む原作改変・追加描写

これは、一歩間違うと原作を破壊しファンの不評を買う諸刃の剣でもあるのだが、僕はメディアミックス作品が時に行う、オリジナル描写・展開が結構好きだ。
無論、原作のエッセンスを守ることはメディアミックスにおいて大前提だ。だが、1から100まで原作と同じモンを見せられてもつまらない。なので、原作のエッセンスを守った上で繰り出される、作り手の原作愛が滲む原作改変・追加描写が好きなのだ。ひょっとして僕すげぇワガママ言ってない?

この好例が『アドバンスオブゼータ ティターンズの旗のもとに』のコミカライズ版のクライマックス。
原作小説ではマーフィー隊長の言葉を受け入れてガンダムTR-6を破壊しに向かったエリアルドが、これまで戦ってきた成果の、T3部隊の活動の結晶であるTR-6が無為に破壊されることに耐えられず、ティターンズの仲間を助けるためにTR-6で前線に舞い戻り、仲間の無駄死にをもって「ガンダム」という名の重さを思い知るクライマックスは、僕はガンダム史に残る名シーンだと思っている。

ティターンズが辿った未来を知るだけに、何回読んでも泣いちゃう

また、上記したアニメジョジョなどの作品群も、この「愛ある原作改変」を行った一例と言える。

ただ、繰り返しになるがこれがイキすぎるといわゆる「原作クラッシャー」「原作レイプ」と言われる悲劇を生んだり、ドラマ版『池袋ウエストゲートパーク』や小太刀右京版『機動戦士ガンダムAGE』、コミカライズ版『追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する』などの、「すごい面白いけど原作は投げ捨てている」問題作が生まれちゃうので、難しいところではある。

色々言いたいことはあるけど、小説版AGEはアニメを超える名作だと思います

前置きだけで約1600文字使ってしまったが、ここから本題に入る。

◆映像化不可能と言われてきた理由

物語の舞台は、聖星アースに照らされた異世界。この世界には、我々の世界に住む動物たちに似た獣人、猫の特徴を持った「月瞳族」キャッツアイズ、ウサギの特徴を持った「長耳族」ラビッティアなどの種族が暮らしていた。
そんな世界において、主人公のラブラック=ベルは、牙と毛皮を持たず、この世界に住むどの獣人でもないたった一人の存在であり、周囲からは〈のっぺらぼう〉と呼ばれ、疎外感を覚えていた。
彼女は「己の由縁を知りたい」「もっとこの世界に混じり合いたい(=自分もこの世界の一員として受け入れられたい)」という願いを叶えるため、〈旅の者〉ノマドとなることを決意。〈旅の者〉になるための試練を受けるべく、〈都市〉パークの1つである〈剣の国〉シュベルトラントに向かい、試練の一環として〈剣の国〉の剣士となって、〈剣の国〉が定めた〈悪〉との戦いに身を投じていく…
というのが本作のあらすじだ。

この作品が「映像化不可能」と言われてきた理由、それは上記したあらすじを見てもらえばわかる通り、固有名詞がめちゃくちゃ多く、加えて作中の登場人物が、回りくどく詩的な表現と固有名詞を山のように使って会話をし、心情を表現するからだ。
例えばこんなふうに。

剣楽こそ、地に映え神に捧ぐ、いかなる農楽交響にもまして地を耕し、いかなる建楽合唱にもまして城を支え、風水降雨の類を司り、国の豊饒と永遠を称え、世界のテーマである〈楽〉シュピーレンに従順する、劇場遊儀の快楽原則ニルヴァーナであった。
〈剣の国〉シュベルトラントこそは、〈剣〉シュベルト〈花〉シュベルテル咲きみだれる国シュベルトストライヒ──
剣楽とは、剣士たちがその剣撃シュベルトストライヒをもって世界に己の存在を問い、世界を穿孔する行為デュルヒ・ブレッヒェンをいう。自分がそこに存在する証しを立てることで、世界はその存在の影に穿たれる。それこそ真に花が咲くということデュルヒ・ブレッヒェンであり、それがこの国の神を第一に楽しませるのだ。

角川文庫 「ばいばい、アース 1 理由の少女」p126-127より引用

「来るべき時代のパラダイス・シフトに、敢えてそのような者を……」
「だが、〈機械仕掛けの神〉デウス・エキス・マキナを滅するのもまたジャ〈魔〉二ドホッグではないのか。記録に残る最初のパラダイス・シフトが魔法アンチ・テーマの誕生であることは周知の通りだ。世界は〈魔〉を召喚することによって変革を成す。そのためにならば俺は……育てし理由ことわりさえ、喜んで裏切ろう」

角川文庫 「ばいばい、アース 2 懐疑者と鍵 」p30より引用

「……あんたが、あの〈唸る剣〉ルンディングに託した未来の形を……俺も、見てみたい」
「あの剣は、未然形アンテ・フェストウムにつくってあるわ」
ドランブイが、囁くように言った。
「生まれる前の鋼……永遠に、生まれ続ける剣」
「ああ……そうか。 それが、あの剣の秘密なのか。あれだけの闘いを経験していながら、一向に剣が成長する気配がないのは……」
「あれは、成長ではなく、生成するものだから」
「あんたが、俺に何を望んでいるのか……この剣を振るっていると、判る気がする」
ドランブイの手が、つと、剣を握るアドニスの手の甲に触れた。
「その剣は、已然形ポスト・フェストウムにつくってあるわ」

角川文庫 「ばいばい、アース 2 懐疑者と鍵 」p372より引用

わがんない!!!

「小説家になろう」や「カクヨム」発の、いわゆる「ナーロッパ」と総称される「ヨーロッパ風の『剣と魔法』の異世界」を舞台にした作品が乱立して以降、一部のオタクからは「ナーロッパに頼らず、独創性に溢れた、俺達読者・視聴者を突き放すような異世界作品が見たい」という意見が聞かれるが、それを本気でやった(もっと言うなら、やりすぎた)のが『ばいばい、アース』である。
なので、なんとなくで見ていると全然頭に内容が入ってこず、読者の理解力も求められる。一応、アニメでは専門用語が出るたびに画面に用語とその読みが表示され、公式サイトには用語集が作られるなど公式サイドからのフォローはあるし、原作のわかりにくい専門用語や比喩・暗喩はアニメ化にあたって減らされている。

こんな感じ

しかし、それらの助けがあっても物語のディテールを把握するにはかなり理解力と想像力がいる。
SNS上でも「専門用語ばっかりで、全然理解できないので切った」というコメントが散見された。
かく言う僕もかつて原作を読破したが、大まかな物語の筋はわかっても、ディテールは全く理解できず、特に難解さを増す中盤以降は宇宙猫になりながら読み進めていた記憶がある。
なので、アニメには上記したように「原作の理解を深めてくれる補助線」になってくれることを強く期待していた。
していた…のだが。

◆工夫もなく単にアニメにしただけ

『ばいばい、アース』は、確かにアニメにはなった。だが、アニメになっただけだった。愚直に「ただ原作をアニメにしただけ」のアニメ化を画面の前の皆さんも何度も見てきたと思うが、本作も悲しいことに、その系譜に連なる愚直なだけのアニメ化と言わざるを得ない。

まず、僕が最も期待していた「原作が描ききれなかった部分の補完」「原作既読者を助ける補助線になること」については、殆どなされていない。
一応、先のように専門用語が出るたびに画面に用語とその読みが表示されはするし、情報量が減ったおかげで最低限大筋は理解できる。だが、原作の難解さはそんな小手先の技でどうにかなるものではなく、アニメ終盤のアドニスと王の問答などは、僕は今でも何だったのかわかっていない。

物語をよりわかりにくくしているのが、原作から削られたディテール。前述のような専門用語や比喩・暗喩のオミットは基本的に物語をわかりやすくしているのだが、必要以上に原作の情報を削ってしまって、物語を逆にわかりにくくしている部分も目立つ。
情報量の削減でイマイチ理解しにくい設定の代表が、本作の重要設定である「剣楽」
「剣楽」は〈剣の国〉の剣士が行う、戦いを通して神を喜ばせる儀式。この設定は物語を理解する上での基礎知識となる。
しかし、満を持して始まる3話のベルとキールとの剣楽は、あまりの描写不足で、神聖な儀式には全然見えず「貴族が奴隷剣闘士の戦いを見て一喜一憂している」という古代ローマ的な光景にしか見えない(剣楽には娯楽の側面もあるので一概に間違いとは言えないのだが)。

情報量の削減が顕著で、原作の素晴らしさが削がれているのが原作1巻のクライマックスであり、画的にもわかりやすい見どころである、カタコームでの〈正義〉と〈悪〉の戦い(剣楽)。
カタコームの戦いでは後にベルの戦友となるキャラクター、「ギネス」「ベネディクティン」が登場し、問題を抱えていた彼らが戦いの中で成長を遂げるという大きな見せ場があるのだが、情報量が削減されたせいで、彼らの成長描写は薄っぺらく、全然響いてこない。
ベネディクティンはキティによる「水族マーメイドは、出会った人間に合わせて自らの性格を形成する」という最低限の説明はあり、なんとなく「今までは傲慢なゴードンの性格を映していたせいでゴードン似の性格になっていたが、実直なベルと出会い、彼女に助けられたことでいい奴になった」という事はわかるのだが、肝心のベルとのやり取りがかなりカットされているため、心変わりの過程が全然描けておらず彼女が雌から雄へと変わり仲間を助ける原作の名シーンが全然響いてこない。
脚本者リブレット、いわゆる部隊の戦術家であるギネスも原作では「剣士たちの自己主張に振り回され、彼らの言い分を汲んだ八方美人の脚本しか書けなかった」「しかし、ジンバックの言葉で吹っ切れ、元来持っていた脚本者としての才覚が覚醒。〈正義〉と〈悪〉の混成楽隊を勝利に導く」という見せ場があるのに、描写が薄く展開が早いせいで、いまいち彼の脚本者としての技量が見えてこない。
また、剣楽の様子を記録し、王に報告する伴奏者ピアニスツスのカシスについても、王命がなければ剣を抜けない特殊性や、窮地にあって剣を振るえないことを申し訳なく思う気持ちの描写が不足していて(これはカシスが常に仮面をつけていて表情の描写ができないせいでもあるのだが)、彼が最期に取った「あえて致命傷を負うことで伴奏者の役目を放棄し、封じられた剣を抜刀し仲間を救う」という行動の重みが伝わらない。

他にも本作には「原作の描写を削りすぎてわかりにくくなった部分」が無数に存在する。
これは、僕よりも遥かにディープで素晴らしい冲方ファンである「とんかつ」氏がnoteに詳細にまとめているので、気になった方はとんかつ氏のnoteを見ることをおすすめする。

また、原作を取捨選択しつつ、オリジナルの描写を挟んで原作をわかりやすくしようとしていた麻日隆氏のコミカライズ版や、コミカライズにあたって書き下ろされた冲方氏の短編の要素は殆ど反映されていない。
これも、原作の魅力をわかりやすく伝えようとしていたコミカライズ版が好きだっただけに減点ポイント。

まとめると、本作には原作をわかりやすく伝えようという試みもなく、本作独自の原作の発展・再解釈もなく、単に原作を縮小再生産しているだけなのだ。原作ファンには見どころがなく、原作非読者への訴求力も不十分で原作への導線にもなれていない…と、アニメ化として成功しているとは言い難い。
「映像化不可能といわれた傑作小説が、日本を代表するクリエイター陣と共に、満を持して待望のアニメ化!」と言い切ったあの自信は、単なる蛮勇だったのではないか、と思わざるを得ない。

このアニメには、Cパートのオーキド博士が必要だったように思う
僕が子供の頃見ていたポケモンアニメはエンディングのあとのCパートで、オーキド博士が「今回登場したポケモンは、◎◎じゃ!」とポケモンのことを解説してくれる30秒くらいの解説コーナーがあった。
本作にも「Cパートのオーキド博士」的な用語解説があれば、少しは難解さが軽減されたのではないか…と考えてしまう。教示者エノーラのシアンという解説にうってつけの人もいるしね。

こう、ゆっくり解説的なサムシングで

◆良かった探し

ここからは良かった探し。
文庫版のキム・ヒョンテ氏のものともコミカライズ版の麻日隆氏のものとも違う、アニメ独自の各キャラのビジュアルや、各キャラを担当する声優の演技はハマっていて、解釈違いはない。

僕のイチオシは内山アドニスと花江キティです

映像面もビッグバジェット級のアニメには及ばないものの要所は押さえており、特にカタコームでの剣楽は我々の世界の戦争とは趣を異にする、まるでパレード・ショーのような様子やベネディクティンの展開した魔法、ティツィアーノの飲食魔法レスト・ラントを使った罠、キティの使う魔法〈式〉フォーミュラなどしっかりと表現されているし、ギネスが書いた脚本とそれに従って戦う混成楽隊の様子もよくビジュアライズされている。
また主役であるベルのアクションも、3話のベルとキールの剣楽などショボい回もあるものの、8話の〈魔〉に堕ちたキールとの戦いなど要所ではきっちりと決めていて見ごたえがあった。

良い点を要約すると、このアニメ、説明不足なシナリオ面以外の部分は結構頑張っているのだ。それだけに、シナリオ面の出来の悪さが惜しまれる。

◆総評

繰り返しになるが、本作を短くまとめると
「難解な原作をわかりやすく伝えようという試みもなく、アニメ独自の原作の発展・再解釈もなく、単に原作を縮小再生産しているだけの、よくある愚直なアニメ化」
ということになってしまう。
物語は25年放映予定の2期に続くらしいが、正直期待はできない。物語は原作(文庫版)の2巻終盤までを描いて折り返しに入っているのだが、ここからクライマックスにかけて原作の物語はさらに難解さを増していくのだ。1期のこのザマを見ていると、情報量の増した2巻以降の物語を適切に処理できるとは思えない。

もう、『蒼穹のファフナー』の時のように原作者である冲方先生直々に脚本を書いてもらうぐらいしか、本作が2期で巻き返す方策はないと思う。
放送前は「物語を理解するための補助線」としての期待だけでなく、コミカライズ・コミカライズ付属の短編の要素も取り込んだ、言うなれば「ばいばい、アース2.0」的なアニメが生まれるかも、という期待もあっただけに、落胆は大きい。

2期…ちょっとは巻き返してくれるといいなあ(遠い目)。


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