「cloud」地味な厭がらせから、超エンタメバトルへの飛躍のさせ方がお見事!
どうも、安部スナヲです。
メーカー営業の仕事に就いてる私にとって、「転売ヤー」は忌まわしい存在です。
今や市場を脅かす影響力を持ってしまった彼らに、日々翻弄されていますが、正直、それによって売上が担保されるというジレンマもあったりします。
しかしながら、本当にその商品を求める人に届かない理不尽は由々しき問題であり、従来の正当な販売・流通・営業の形式にケチがつけらてる感じも実に腹立たしい。
そんな転売ヤーが追い詰められて行くサスペンス/スリラーを、darkの巨匠・黒沢清が撮ったというので、期待を膨らませ、観て来ました。
【あらましのあらすじ】
吉井良介(菅田将暉)は、クリーニング工場で働きながら、副業の「転売屋」で稼いでいる。
零細企業から売れなくなった医療機器をゴミ同然の安値で買い叩いたり、本物か偽物かわからないブランドバッグを大量に仕入れ、それらをWEBサイトでなるべく高値で出品し、利幅を得る。
転売を教わった先輩・村岡(窪田正孝)から誘われたの起業話も、勤め先の社長・滝本(荒川良々)から打診された昇進も、吉井はどこか冷めた態度で断り、コツコツと転売業を積み重ねている。
ある日、吉井は突然工場を辞職し、郊外に広めの家を借りて恋人・秋子(古川琴音)と暮らし始める。
これからは転売を生業とする為、地元の若者・佐野(奥平大兼)を雇って転売の事業を拡大させていく。
そんな最中、夜中に秋子が寝ている部屋に、自動車の部品が投げ込まれる。
思えば少し前から、吉井の身には厭がらせじみた不審な出来事が、しばしば起きていた。
一方ネット上では、吉井が販売に使用しているハンドルネーム「ラーテル」に対して、不平不満や反感の書き込みが日増しに拡散され、やがてラーテルに復讐するコミュニティが結成されて…
【感想】
冒頭、主人公・吉井は零細企業から、売れなくなった40万円相当の医療機器を、1台3千円で買い受ける交渉をする。
あまりの安さに面食らった社長夫婦は、製品の価値を鑑みず、ただ安く買い叩いて暴利を貪る吉井のやり方を「どこかがおかしくないですか、何の努力もせずに」と罵る。
吉井は意に介さず、「そういう仕事ですから、厭なら結構です」と居直る。
実に憎たらしい。
社長も社長で、さんざん罵っておきながら、結局は二束三文の値段でそれを吉井に売るのだ。
吉井とあの社長、どっちも空虚だ。
いきなり資本主義社会末端での虚しい小競り合いを見せられる、苦い幕開けである。
と同時に、私が吉井のような人種へ抱く、忌まわしさとジレンマが集約されたシーンでもある。
物の価値など知ったこっちゃないという吉井だが、真面目な人間ではある。
クリーニング工場では社長から管理職を切望されるくらい優秀だし、ネット転売に関しても、マメに相場や市場動向をチェックし、そつがない。
そのクレバーさがまたムカつくのだが、楽して稼ぎたいだけの冷笑野郎に見えても、それなりのリスクを背負う商売(あれを商売と呼ぶのに抵抗はあるが)である以上、経験も商才も必要であることはわかる。
転売ヤーの先輩・村岡も「全然楽になんねーよ」と漏らすように、怠けていては他に先を越されるし、損もする。なかなかシビアな世界なのだ。
真面目にはちがいないが、人として何かが欠けていて心無い。
しかし本人には悪気はなく、その悪気のなさが、致命的弱点だ。
彼は自分が取引相手からどれほど恨みを買っているかをあまりわかっておらず、ネットを根城にしていながら、ネット社会における悪意の拡散力に鈍感過ぎる。
そんな吉井が、見えない敵から厭がらせに遭っていく過程を、黒沢清ならではの“ホラー調怖がらせ演出”で見せられるのは、正直快感であった。
何せこちらは転売ヤーを軽蔑しているし、恨みを買って当然だと思ってる。吉井のことも大嫌いだ。だから彼が酷い目に遭うところを見るとザマ見ろ!という病んだカタルシスを禁じ得ない。
しかし、この映画は日常に潜む恨みから発せられた厭がらせが飛躍して、最後は思いもよらないドンパチ銃撃戦に発展するところにエンタメ映画たる手腕が発揮されている。
卑近と言えば卑近な悪意の集積から、荒唐無稽なドンパチへの過程がとてもなだらかで、本来あり得ない飛躍が無理なく受け入れられる、実にうまいのだ。
そして中盤、吉井への復讐を目論む集団が、ある行為をキッカケに、遂に暴発へ向かうシーンがあるのだが、あのスイッチオンの仕方も見事だった。
「え?そこでそれをやっちゃうの!」と驚いた時には、もう取り返しのつかない境界を越えてしまっている。
このような現実味から荒唐無稽への丁寧な移行は、昨今の(日本の)Netflixドラマなどとは決定的にちがうと感じた。
それは人物像や事件の描き方も同様で、とにかく刺激によって視聴者を釘付けにしようとする、諸々人気配信ドラマのような安易な狙いは、この作品にはなく、それこそが映画的だと思った。
登場人物は全員狂ってはいるが、そもそも人間は複雑で不可解であるという原理がちゃんと通底していて、そのうえでの飛躍である。
…にしても秋子と佐野の素性には心底ビックリした。
全員が怪しい登場人物のなかでも、際立って掴みどころがない2人だったが、いやぁ、まさかまさか、完全にやられましたわ。
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