パティシエがバリスタになるまで②
前回「パティシエがバリスタになるまで①」の続きです。新店舗の店長の言葉を受けて、タイミング良く「イタリアンバール」が特集であった料理専門誌を購入した私は、ある行動に出ます。
バール巡り
「そこまでエスプレッソに興味があるなら、他のイタリアンバールに飲みに行ったらもっと面白いよ」という店長の言葉とタイミング良く発売された、雑誌「料理通信」の特集が「イタリアンバール」だったことから、先ずはここから行ってみよう...と、次の休みの日、掲載されていたイタリアンバール3軒に行くことにしました。
「折角なら、掲載されているバリスタさんに淹れてもらいたい、美味しく淹れられるから、ピックアップされているのだろうし」と思った私は、お店に行く前に電話し「今日〇〇さんはお店にいらっしゃいますか?」と確認してから行きました。幸運にも、3軒中2軒は掲載されていたバリスタさんが出勤されていました。
1軒目は、銀座にあるイタリアンバールです。今でもはっきり覚えていますが、ガラス張りの重厚な外観で、入口にはスーツ姿のアテンドがいてドアを開けて下さるお店で、比較的カジュアルな恰好で行ってしまった私は、恐る恐る中に入りました。
店に入るなり、スタッフさんから「スタンディングとシート席がありますが...」という問いかけがあり、「バンコでお願いします」と答えました。本場イタリアのイタリアンバールは、店内が「バンコ」と「シート席」に分かれています。「バンコ」とはスタンディングでカウンターで飲む所で、シート席より価格も割安になっています。そのスタイルを、掲載されていた3軒では行っていましたし、だからこそ、行きたいと思ったのでした。
計測
バンコに立つなり、少し小上がりになったカウンターから、雑誌に掲載されていたバリスタさんが現れました。白いワイシャツに黒のベスト、黒のロングタブリエで、ピシッとした姿のバリスタさん。「ご注文は何にされますか?」という問いかけに、メニューを一通り眺めてから「エスプレッソをお願いします」と答えました。
バリスタさんが準備を始めた瞬間、私はカバンからガラケーを取り出し、見えない位置で「ストップウォッチ」の準備を始めます。そして、バリスタさんが豆を挽く所から一連の流れを食い入る様に見ました。グラインダーに挽き溜めはあるか、タンピングの仕方、タンピングの回数。そしてエスプレッソマシンの抽出ボタンを押した瞬間、ガラケーのストップウォッチをスタートさせ、抽出時間を計測します。
エスプレッソが出てくると、香りを嗅ぎ、クレマ(エスプレッソの膜)の厚さ、砂糖を入れる前の味を確認したあと、砂糖を入れて味わいました。ここまでの情報は、メモは取らず頭の中で記録しました。あからさまにメモを取れば、「同業者」と構えられると思ったからです。ホテルのパティシエで経験した「目で見て一度で覚える」が、ここで発揮されました。
初めて他のお店のエスプレッソを飲んだ私は「店長が言ってた通りだ...」と、味の違いに面白さを感じながら、口の中に残る余韻も記憶し3口で飲み干します。エスプレッソはイタリア語で特急(急行)列車、じっくり飲むものではなく、3口くらいでサッと飲み干すものと教わっていたためです。
紹介
飲み干した私にバリスタさんは感想を伺われ、「凄く美味しいです」と答えた私は続けて「カプチーノをお願いします」と注文します。一瞬「え?」という反応をされましたが、バリスタさんは直ぐに作り始めました。
新店舗ではエスプレッソの抽出を覚えると、次のステップが「カプチーノ」でした。スチームで適温のキメ細かいフォームドミルクを作り、カップにクレマが壊れないように注ぐ。温度計でなんて測っている時間などないので、スチームの音と、ピッチャー(ミルクを温める容器)から手に伝わる温度、出来上がる泡の見た目から判断します。これが出来て、カプチーノを作れてようやく、バリスタの一歩が踏み出せるのです。
カプチーノが出てくると、クレマの消え具合と表面のキメ、艶、口に含んだ時の温度、ミルクとエスプレッソとのバランスを頭の中に記録します。エスプレッソの抽出からここまで、一切メモを取っていない私の小さな脳みそは、そこそこキャパシティー埋まって忘れないよう必死です(汗)。
「初めてのご来店ですよね?何でこのお店を知ったのですか?」と、カプチーノを飲みボーッとしていた私にバリスタさんが聞いてきました。
「料理通信の特集を見まして、知りました」と答え、続けて「実は、今エスプレッソの練習をしていて、最近エスプレッソを知り全くの無知なので、先ずは掲載されているお店から行こうと思いました」と話すと、バリスタさんは「だからでしたか、エスプレッソとカプチーノを注文したのは」と、納得した様子で笑顔で話し、マシンの特徴など色々教えてくれました。
カプチーノを飲み終える頃「未だイタリアンバールも良く知らず、もっと勉強したいので、もし良ければ他にお勧めのバリスタさんいらしたら教えて頂けませんか?」と聞くと、バリスタさんは快く教えてくれました。そして「私から聞いたと話せば、話も広がりますよ」とまで言ってくれました。
バールノート
店を出た私は、少し歩いてから急いでメモ帳を取り出し、記憶していた内容を一気に書き出します。ブツブツと呟きながら書いていたので、はたから見たら怪しかったと思います(汗)。残したメモは、帰宅後清書し、無印良品で購入した3段のフォトアルバムに残しました。1段目に記録したメモを差し込み、2段目にエスプレッソの写真、3段目にカプチーノの写真を差し込みました。私だけの「バールノート」の始まりです。
2軒目は今は形態が変わってしまった、学芸大学のイタリアンバールへ行きました。そこでも同じ様に、バンコに立ち、エスプレッソ、カプチーノの順に注文し、同じ質問をして、必死に頭に記録しながら、同じ様に快く次のバールを紹介してもらいます。そして、3軒目まで行き終えた頃には、私は足元がふらつく程の眠気と若干の胸焼けに襲われていました。空きっ腹で3軒、エスプレッソを合計6杯飲み、苦手な牛乳を飲み切るバール巡りは、1日3軒が限界と、この時痛感するのでした。
次の休みには、1軒目と2軒目から紹介してもらったイタリアンバールへ行きました。バンコに立ち、エスプレッソを注文し、カプチーノ、そして紹介してもらう...。店長の一言から始めたバール巡りは、勉強と面白さも重なり、休みの楽しみにもなっていました。
そんなある休みの日、最初に行ったバールに再訪し、私がバールノートを付けているという話をしたことをきっかけに、当時のバールの「ある事」を知ります。。。
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