ショートエッセイ:グンマ―の生活 (12)煥乎堂という本屋さん
これを書くに当たって煥乎堂について叔母に聞いた。
「グンマーではね、煥乎堂がつぶれると群馬銀行がつぶれるっていうんだよ」
マジ!?
煥乎堂。グンマーを代表する本屋さんである。
今は紀伊国屋など大きい本屋さんもできてしまったが、本好きの子供だった私にとっては、煥乎堂は聖なる地であった。
煥乎堂の営業の方に、ベートーヴェン、シューベルト、アンデルセンの伝記を頂いたときは飛び上がるほど嬉しかった。
高校受験(グンマーでは高校受験の方が大学受験のときより緊張感がある)の帰り道も、解放された私たちが押し掛けたのは煥乎堂だった。真面目な少女たちである。私は新潮文庫のシャーロック・ホームズの本を全巻買った。
高校に合格してからも煥乎堂に通った。当時は高校の周囲に大きい本屋さんがなくて、1km近く歩いて煥乎堂まで足を運んだものだ。
煥乎堂の建物は非常にトリッキーな作りで、何だかさざえの壺のようであった(白井晟一氏設計)。階段は店の奥の方にある。
2階に上がると、窓際にガラス張りのヤマハの音楽教室があるのだが、書店の2階からは行けないようになっていて、「どうやって出入りするんだろう…」と見るたびに不思議に思うのであった(正解:音楽教室専用の階段が別にあった)。
昔の煥乎堂社長の高橋元吉氏は、詩人であり、うちの高校の校歌の作詞をしている。うちの祖父とも親交があったようだ。
そうか私はおじいちゃんのお友達が作った詞を歌っていたのか。今まで知らんかった。
大学進学でグンマーを離れたので、煥乎堂に行くことは殆どなくなった。
気がついてみたら、道路向かいに綺麗な新店舗が建設され、旧店舗は閉鎖されて倉庫になっていた。いや、Wikipediaによると建物は現存しないという。Google mapで見てみると、もう取り壊されて跡地が駐車場になっているように見えるんだけど…何と勿体ない。
新しい煥乎堂に行ってみたいと長い間思っている。
しかし、私の愛した旧い煥乎堂は消えてしまった。
あの気品ある建物はもうない。