![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/162913876/rectangle_large_type_2_04031d3e22c3d0bfbd95baf3b4cfb94f.png?width=1200)
Photo by
yuyashiokawa
彼の名は、永遠の片隅に
彼はいつもそこにいた
部屋の隅、誰にも触れられない影の中で
ひそやかにただ在り続ける
言葉は少なく、だが静かな存在感を持ち
この家の誰もが彼を知っていた
季節が巡るたび、彼の背には
埃という薄い時間の層が積もる
しかし、彼は何も言わない
雨の日も晴れの日も、そこにいるだけで
まるで時を超えた彫像のように
ある日、誰かが彼を見つめた
「もういらないんじゃない?」と
その声には戸惑いが混じっていた
彼は何も言えなかった、ただそこに座り続けるだけ
粗雑な手が彼をつかむ
床から引き剥がされると、彼は初めて震えた
外に連れ出されると、冷たい風が彼を通り抜ける
そして――誰も振り返らないまま
彼は路上に置かれた
彼の名は「椅子」だった
誰かの体温をずっと記憶してきた
無言の友、足の疲れを支え続けた者
だが、今やその温もりすら
過去の遺物にされてしまった
彼はまだ、そこにいる
路地の隅、雨粒を抱きながら
忘れられた誰かのために
居場所を探し続ける、ただの椅子として。