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病識のない双極性障害患者を通院させる

主治医から「とにかくここに連れてきてください」と言われ、私たちは途方に暮れました。何度も言葉で通院を促してきたものの、本人は自分が病気だとは微塵も思っておらず、耳を貸そうとしません。

最初にとったのは、強制的な手段でした。実行に移したものの、結果は惨敗。それどころか、状況はますます悪化するばかりでした。自分一人の力ではどうにもならないと悟った私は、周囲の協力を仰ぐことにしました。

私とモトットは同じ業界の先輩・後輩の関係にあり、共通の知人はおよそ100人ほど。その中で、適切な人を選び、協力してもらうことにしました。ただ、通院の決定打となったのは、義母・アイコさんの上京でした。

私たちがひたすら待ち続けていたのは、修士論文の発表の終了でした。それが終わるまでは、彼が通院を拒むのも無理はない。そう思っていたのです。修士論文の提出が済めば、さすがに少しは落ち着くだろう。そんな淡い期待は、しかし、あっさりと裏切られました。

誇大妄想は、さらに加速していました。

「僕は100億を稼ぐことができる」

そう真顔で言われ、思わず「じゃあ、銀行口座の残高は?」とツッコミたくなりましたが、彼の表情があまりにも真剣だったため、言葉を飲み込みました。

しかし、悠長にしている時間はないので、ここから私は、爆走を始めることになります。ここでは失敗した作戦と成功した作戦の両方を記述します。

通院を拒んでいる双極性障害の当事者がいらっしゃる家族に参照していただければ嬉しいです。


1.強制的に予約をとる

初めは、なんとか通院させたくて、家族の権限を使いクリニックの予約をとりました。それをモトットに伝え、通院を促したところ

「えっ!勝手に!?」

と驚かれましたが、「とにかくいってくれ。じゃなきゃ、息子には会わせられない」と伝えると、しぶしぶオッケーを出しました。

先にクリニックに症状を記した書類と、1万円を受付に預けました。これはモトットの資金がきれてきていることを想定して、もし彼にお金がなければ「ツケ」ということにしてもらい、実際は支払い預け金からしてもらうという算段です。(前回私が、電話でオラオラしてしまったので、受付のお二人は私が行くと、シュクッと立つようになりました)

モトットには内緒でと言って、クリニックを出て自転車に乗っていると、最寄りの駅でモトットに遭遇。向こうが私に気づいていなかったので、見られないように横道に入り、遠回りして事務所に戻りました。

しかし、モトットはクリニックには行きませんでした。(あんな近くにいたのに…クソゥ!!)その言い分が

「やっぱり、勝手に予約とられて行かされるのはおかしい。僕のこと病気やと思ってるやろ」と。

ということで、この作戦は完全に失敗に終わりました。この方法は、結果的に警戒心を強めただけなので、おすすめしません。

2.恩師に電話してもらう

漫画『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』の中に、通院を拒む当事者を恩師が説得し、「本人が納得して病院へ行く」という場面があります。躁転しながらも、その「恩師」は当事者の本来持っている「社会性」を引き出すキーパーソンなのかもしれません。しかし、この方法を選ぶまでには、相当悩みました。
というのも、本人が隠しているであろう病気について外部に話すことは、「アウティング」にあたるからです。どこまで踏み込むべきか、何度も迷いました。しかし、最終的に私は「自殺されるくらいなら、後で土下座してでも許してもらったほうがいい!」と覚悟を決め、この方法を試すことにしました。

モトットの恩師は、私と年齢が近い知人でもあります。彼は若くして妻を亡くし、シングルファザーとして懸命に生きてきた人でした。誠実で、思いやりがあり、きっと理解してくれる——そう確信していました。それでも、直接頼むのではなく、彼と親しい共通の友人を介して話を持ちかけることにしました。

この友人にも、私の口からこの話をするのは初めてでした。しかし、状況が切迫していることを伝えると、多忙にもかかわらずすぐに電話をくれ、真剣に話を聞き、すぐに恩師へと連絡を取ってくれました。

「大学のOBから、モトットくんがおかしいという噂を聞いてるんだけど、何かあったらちゃんと病院で診てもらうんだぞ!みんな心配してくれてるぞ!」

恩師は、そうやんわりと声をかけてくれました。するとモトットは、

「病院はちゃんと行ってるんですよー」

と答えたそうです。直接的な効果はなかったように思えました。しかし、この出来事が、彼に「周囲が自分を心配している。何かおかしいと思われている。」という事実を意識させる一つのきっかけになったのではないか。結果的に、それが後の通院へとつながる後押しになったのではないか——そう思っています。

3.義母に孫を会わせる代わりに通院を約束させる

義母アイコさんは、「モトットの話をじっくり聞きたい。」という名目で上京しました。実際には、私とアイコさんは密かに連絡を取り合い、作戦を練っていたのです。モトットに会った時には「とにかく私たちはモトットの味方」だということを強調してもらいました。

彼女はホテルを予約し、モトットに「せっかくだから、ここに泊まらない?」と声をかけました。友達の家と満喫を渡り歩いていたモトットはそれに応じ、ホテルで2泊することに。滞在中、アイコさんはボイスレコーダーを使い、モトットの発言を記録してくれていました——私に対する暴言がすごいのですが、その詳細については、また別の機会に。

アイコさんは、さらにもうひと押し仕掛けました。

「せっかく東京に来たんだから、ショウタくんにも会いたいな。やよいさんにお願いしてほしい。」

と、モトットに持ちかけたのです。私はすかさず、

「それなら、一度義母さんに同行してもらって通院してほしい。それが条件だ」

と伝えました。この提案が、まさにビンゴ!!

翌日、ついにモトットは通院を果たしたのです。(ヤットダゼエェェェェ!!!)


この方法が、誰にでも通用するわけではないでしょう。重要なのは、当事者が何を大切にしているかを見極めることです。

モトットの場合、通院を拒む気持ちよりも、母親への愛情の方が勝っていたのだと考えられます。病識のない当事者を通院させることは、非常に骨の折れる作業です。しかし、状況に応じてさまざまな方法を試しながら、最適な手段を見つけることが大切なのではないでしょうか。

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