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「二次会デミグラスソース」#毎週ショートショートnote
午前0時を回ろうとする四条木屋町のそのバーで、私は今年もこの女の愚痴に付き合っていた。座りきった瞼を開くつもりもなく、うんうん、と彼女の話しを受け流す私をみて、マスターは手際よくチェイサーを差し出す。毎年この時期にしか訪れる事のないこのバーで、それでも私はすっかりこの熟練の老紳士と気心の知れた仲となっていた。かつての仲間達との新年会で、いつも漠然とした耐え難さを共有する二人の逃げ場は、決まってこのバーであった。
「終電、どうする…?」
コップ一杯の水に落ち着きを取り戻した彼女は、いつものように尋ねる。
閉じかかった瞼をちょっと擦って、私は彼女のその瞳と向き合った。途端に、ドカンと胃の辺りに占める重量感が、仲間達と過ごしたいつもの洋食屋の記憶と共にのしかかった。
私は、小慣れたように受話器を手に取るマスターに断りを入れ、二人分の支払いを済ませた。彼女は、少し呆気に取られたように、その丸い目をより真ん丸くしている。
「俺たちも、もう、年やなあ…。胸焼けするわ」
彼女の唇の辺りに目線をやりながら、私は、口元に広がるほんのりと酸っぱいデミグラスソースの微かな記憶を水で流し込んだ。もはや、私の現実は、甘酸っぱいベールに惑わされる事は出来ないのである。
京阪祇園四条駅の改札口を仲介にして、私は彼女と向かい合った。俯きがちにも微笑む彼女を前に、私は今までの自分を振り返る。
「今度は、もっと早い時間に、あっさりしたもん、食べに、行こうや」
そうたどたどしく言うと、彼女は「せやな、蕎麦とか、どやろ」と、ニッと笑った。
私は、そのまだ見ぬ出汁の風味に、ふっと胃の辺りが軽くなる心地がしたのだった。
「二次会デミグラスソース」(完)
参加させていただきました。
なんだか、調子に乗って長くなってしまってすみません。
すてきなお題をありがとうございます。
かしお