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拝啓、いつかの私へ

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いつか小説を書きたいと思っていました。 大学生最後の夏に何かを遺して秋を迎えようと思い、初めて物語を書いてみました。 たとえ多くの人に読まれることが無くても、いつかこの物語がどこ…
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#小説

拝啓、いつかの私へ #1

拝啓、いつかの私へ #1

魔王を倒して平和になった世界の勇者
閉店した飲食店のスタンプカード
写真アプリに数年前から残っているスクショ

かつては必要とされたのに、いつの間にか誰からも必要とされなくなったモノが世界には数多くある。

私だって小学生の頃は両親から大切にされて、学校の先生からも期待されて、自分を価値のある存在だと思っていた。
学校で時々書かされた【いじめ調査アンケート】にも、ずっとポジティブな回答をしてきた。

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拝啓、いつかの私へ #2

拝啓、いつかの私へ #2

アラームが鳴った。
白くボヤけた世界から、私の意識は一気に現実に引き戻される。

小学生の頃の夢を見た。
今よりもずっと世界がキラキラしていて、私は何でもできる、何にでもなれるという全能感に満ちた感覚を思い出させてくれる夢だ。

どんなに嫌なことがあっても、それら全てをほんの少しだけの間忘れさせてくれる。
いつからか私は、そんな夢の再上映を期待して眠るようになった。

好きな音楽を流して、私はバイ

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拝啓、いつかの私へ #3

拝啓、いつかの私へ #3

地元から県をいくつも跨いだこの土地で、土地勘も無い陽向は大学にできるだけ近く、かつできるだけ家賃の安いアパートを探した。

学生街ということもあってか、周りに頼れる人のいない境遇に同情したおばあちゃん大家が、持っているアパートの一室に住まわしてくれることになった。

大家は絵画鑑賞が趣味らしく、『星月荘』という名称もゴッホの『星月夜』に由来するのだろうと陽向は推測した。

「こんだけ歳とると金儲け

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拝啓、いつかの私へ #4

拝啓、いつかの私へ #4

ルーティン化した日々を淡々と過ごし、陽向は大学2年生の秋を迎えた。
決まりきった毎日の中に、2つの変化が起きた。

1つ目の変化は、コノエに留学生のアルバイトがやってきたことだ。
「私の名前はウィマナです。ルワンダ人です。どうもよろしく。」
カタコトの日本語で精一杯自己紹介をした彼は、日本語を勉強しに日本へ留学してきたと店長から聞いた。

私が何よりも驚いたのは異国から突然留学生が来たことよりも、

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拝啓、いつかの私へ #5

拝啓、いつかの私へ #5

「マッチングアプリってこんなに種類あるの…?どれがいいんだろう…」
まるで書店で参考書を選ぶ受験生のように、陽向はスマホとにらめっこをしていた。
恋愛とは何かを学ぶための教材選びでもあるため、まさに受験生のソレだ。

「なんか鮮やかなアイコンで可愛いからこれにするか。」
「女性は無料なのに男性は有料なのか。変なの。」
「登録には身分証明書の写真を送らなければいけないだと?なんか怖いな…」
一人でブ

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拝啓、いつかの私へ #6

拝啓、いつかの私へ #6

寒さを感じて目を覚ました。
スマホの電源を点けると、6:15という時間とマッチングアプリからの通知が表示された。

陽向は眠い目を擦ってベランダに出た。
肌寒く澄んだ空気
雀の鳴き声
太陽の光が陽向の肌を暖める。
まるで体温のような、優しい温もりの中で陽向は軽く目を閉じて店長の言葉を思い出す。
「自分自身を大切に」

ベッドに戻ってマッチングアプリの通知を確認する。
「初めまして。フォローありがと

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拝啓、いつかの私へ #7

拝啓、いつかの私へ #7

ひなたさんと知り合ってから半年が経った。
季節は春を迎えた。
陽向は大学3年生になり、21歳の誕生日も迎えた。

陽向は他の男性とマッチングすることは結局無かったため、アプリではひなたさんとほとんど毎日連絡をとっていた。
ひなたさんの方はどうやら他にも数人の女性とマッチングしているらしく、(よくそんなにたくさんの人と同時に連絡できるなぁ)と陽向は感心していた。

向こうは恋愛の勉強などではなく出会

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拝啓、いつかの私へ #8

拝啓、いつかの私へ #8

ビルから出て、陽向は最寄り駅から帰りの電車に乗る。改札にICカードをかざす手は震えていた。
恐怖とも怒りとも悲しみとも形容しがたい感情が、陽向の中で渦巻いていた。

「あの俳優結婚したらしいよ」
「またこのYouTuber炎上してるよ」
「おばぁちゃん良かったらこの席座ってください」
「お出口は右側です。開くドアにご注意ください。」
いつもは雑音として捉えていた周囲の音が、なぜか今日に限ってとても

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拝啓、いつかの私へ #9

拝啓、いつかの私へ #9

私は心の中にある全ての思いを隠し、大学3年の前期を過ごした。

琥乃美や歩実からあの男とどうなったのかを聞かれることもあったが、「なんか別の人とくっつくことになったらしくてさ〜」とはぐらかした。
「他にマッチングしてた人もいなかったからアプリも辞めちゃった」とそれっぽい理由を付けて、私は自分が手をつけたものを1つ1つ終わらせていった。

前期を終え、夏休みに入った。
琥乃美も歩実も地方の実家に長期

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