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読書記録| 『ザリガニの鳴くところ』をAudibleで読んで後悔した
心から後悔しています。
発売当時から書店で見かけては気になっていたんです。いつか読もうと思っていて。ベストセラーだったからまぁ、そのうち読もうと。ちょっと騒ぎがおさまった頃に。僕そういうところはアマノジャクなんで。
今年になってからふとAudibleに興味を持って、いくつかの本を聴いているのですが、普段あまり読まない現代の日本人作家の本を選んでみました。宮島未奈、小川糸、伊坂幸太郎の短編集と、割と軽めのものを。オーディオブックというものにも慣れてきて、ちょっと物足りなくなったので本作があるのを見つけて聴き始めたんです。聴き終えるのに18時間かかります。紙の本の場合は読むのに何時間かかるか、なんて意識したことはなかったのですが、オーディオブックでは明確に表示されます。長いなぁと思いますがあまり再生速度を上げると不快になるので1.2倍速が限界です。
ところが聞き始めるや否やぐいぐいと引き込まれてしまい、結局4日間ほどで聴き終えてしまいました。
もともと僕は生物学、動物行動学の本が大好きで、海外サスペンスも大好きなので、この本はすぐに読むべきだったんです。作者は動物学者であるディーリア・オーウェンズが69歳で書いた初の小説だといいます。舞台となるノースカロライナ州の湿地帯の自然やそこに棲む生き物たちの描写、1950年代のアメリカ南部の文化や風俗への深い造詣だけでなく、タイトルから窺い知れるように(原題:Where the Crawdads Sing)詩情に富んだ美しい文体。とてもデビュー作とは思えない完成度と深みを持っています。
純粋な作家ではない別のジャンルの学者などが、詩情に溢れた美しい文章を書くというケースは洋の東西を問わず、しばしば見受けられます。寺田寅彦もそうですし、シートンやファーブルもそうでしょう。こうしたときに学校教育で理系と文系に選別することの無意味さを感じます。僕は生物と歴史と現代文と美術が得意だったのですが、文系に振り分けられた末、美大に進んでグラフィックデザイナーになりました。でもライティングも生物学も学びたかったな、と今になって思います。
主人公のカイアはネグレクトを受けた孤児であり、自然の中で孤独と戦いながら生き抜いてきました。「湿地の少女」と呼ばれ、酷い差別も受けながら。彼女の人生を幼少期から丹念に描き出すことで、読者はその生き方に深い共感を持つようになり、何度も涙を流すことになります。そして彼女が折に触れて口にする「アマンダ・ハミルトンの詩」が実に印象的です。
そしてその湿地で起きた殺人事件。ミステリーとして、法廷劇としても一級品なのです。生物学、動物行動学、異国の文化、社会問題、詩、アート、恋愛、そしてミステリー。小説における僕の好きな要素が全て詰まっている作品といえます。
こんな素晴らしい小説を4年間も放置していたなんて。そしてAudbleで聴いてしまったこと。これは紙の本で読むべきだったし本棚に置いておくべきだった。後悔することしきりなんですが、きっと僕は紙の本で読み直すんでしょう。調べてみたらすでに映画化されていてそれなりに話題にもなっていたようです。この4年間、僕は何をしていたのでしょう。5年間の佐賀県での生活で、すっかり感度が鈍っていたのかもしれません。あるいは佐賀県は鎖国しているので情報が入ってこなかったのか(嘘です)。
それにしてもAudible、思ったよりいいですね。日常で本を手に取れないシーン、1人での家事とか散歩とか車の運転中にはもってこいです。注意しなくてはならないのは「紙の本で読みたくなるようなタイトルを選ばないこと」でしょうか。そしてベストセラーになるような小説は素直にその時に読む、というのも時には必要なのかもしれません。
僕のnoteを読むような人で本作をまだ読んでいない人はほとんどいないと思いますが。えーと、すごくお薦めです(恥ずかしい)。
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