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映画鑑賞記録|『AT THE BENCH』という過剰な普通

 妻が仲野大賀という俳優が好きで、彼が出演しているこの映画を一緒に観にいこうと誘われて川越のスカラ座に観に行きました。映像監督・写真家の奥山由之による自主制作の映画とのことですが、近くに観られる映画館がなく、やっとこの小さな名画座で観られることになったそうです。僕は音楽なら洋楽、映画なら洋画が好きなのですが妻は逆でどちらも日本のものが好き。なので僕は妻から日本の音楽や映画の情報を教えてもらうのです。逆はあまりありませんけど。

 飯能から川越までは車で1時間ほどなのでたまに行きます。観光名所の「時の鐘」のすぐ近くのようで、駐車場がないので少し手前のコインパーキングに車を停めて歩いて行くことにしました。表通りは観光客でごった返していました。春節ということもあり中国からの観光客が多いようです。そこから一本路地を入ったところに、その名前からして古さが想像できるちいさな映画館がありました。自転車が壁に立てかけてあったりして「地元の」「街の」という形容詞がぴったりです。佐賀にあったミニシアターもそうですが、やはり経営は苦しく存続のための募金活動などをしていました。なんとかなりませんかね、こういうの。ちなみに映画館のすぐ近くにもっと安い駐車場が空いていました。でも健康のために歩けたのでよしとします。人はわざわざお金を払ってジムに行って歩いたりするものですからこのくらいは。

 

よい佇まいの映画館。「がんばって」としか言えません。

 映画は河原にひとつ残されたベンチを舞台にした5話からなるオムニバスストーリーで、それぞれ別の人が脚本を書いていて登場人物も異なりますが、1話と5話は同じでうまく全体をまとめるメインの物語になってい流、という構成です。その話の主人公が広瀬すずと仲野大賀。交わされる何気ない会話と、ふたりの絶妙な距離感。こういうのを描ける人はきっと優しい人なんだろうなと思います。写真家である監督が切り取っていく映像はどのカットも心地よくて、先日観たヴィム・ヴェンダースの映画『PERFECT DAYS』とも通じる空気感がありました。市井に生きる「普通の人」の姿に胸を打たれるんですよね、きっと。いやほんとうは全然「普通」じゃないんですけど。そこにいるのは広瀬すずですからね、全然普通じゃない。異能の人たちが普通の人を演じているわけで。どこか「過剰な普通感」があるんです。それが映画というものであって、普通の人が普通の人の役をやったらそれはエキストラです。
 キャストは他にも岸井ゆきの、岡山天音、荒川良々、今田美桜、森七菜、草彅剛、吉岡里帆、神木隆之介と異能の才を持つ役者ばかり。めちゃくちゃ豪華な自主制作映画です。

 仲野大賀という役者はNHKの連続テレビ小説『虎に翼』の好演もあって今「いい人」を演じさせたら右に出るものはいないといえるでしょう。そう言えば昔『いいひと。』という漫画がドラマ化された時は草彅剛が主演でした。今回彼は変な人を演じていますが、今の彼はその方が似合いますね。

 ひとつのベンチから発想したちょっとしたストーリーたちは、どこか演劇の舞台のようで、伝えたいことが伝わらないことのもどかしさや、おかしさ、そしてそれが人間であることの愛おしさにつながるような気がして、とてもうれしくなりました。

 再開発が進む河川敷に撤去されそうでなぜか撤去されずにぽつんとひとつ残ったベンチ。

 その姿はこの観光地の裏にひっそりとある「スカラ座」にも似てどこか切なく、でも強く、人びとを見守り続けているような、いや、そうでもなくただそこにあるような、絶妙な距離感で存在しているのです。

 そんなベンチ。今度見つけたらなんの目的もただなく座ってみようかな、と思いました。

 

 


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