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住宅弱者のために企業ができること~特別対談:LIFULL社長 井上高志×ACTION FOR ALL事業責任者 龔 軼群~

10月の第1月曜日は世界ハビタット・デー。「都市化する世界において、すべての人により質の高い生活を」というビジョンの下、人の住まいにおける不平等や差別、貧困を削減することを考える日です。
残念なことに、日本でも“住宅弱者”と名のつくほど、住まい探しに困難を抱えてしまう現状があることは、このnoteでもお伝えしているとおり。
よりよい住まい探しに関する情報を提供するLIFULL HOME’Sでは、ACTION FOR ALL事業を通じてこの状況の打開に取り組んでいます。
今回は世界ハビタット・デーに際し、LIFULL代表取締役社長・井上高志とACTION FOR ALL事業責任者・龔 軼群(キョウ イグン)がお部屋探しの今と賃貸住宅のこれからについて話しました。


「安心安全な住宅は確保されるべき、基本的人権が損なわれるべきではない」

対談中の様子

キョウ:まずは、今の日本の住宅弱者についてお聞かせいただければと思います。
先日発表した『LIFULL HOME’S 住宅弱者の「住まい探し」に関する実態調査』によると、賃貸契約の際に、住宅弱者層の6割が不便を感じたり困ったりした経験があるという状況です。具体的には、“来店を断られる”という回答が一番多いのです。声として大きかったのが、オーナーに話す前の段階である不動産会社で「審査が通るか難しい」「来店対応ができない」と言われた、というものでした。
非住宅弱者層と比較すると、来店や対応拒否に関しては差がかなり顕著でした。

井上:それは残念だよね。

キョウ:本当に。さらに、LGBTQ当事者であること、障害があることなど、“自分の状況をどれだけ伝えればいいのか分からなかった”という声も目立っていました。
住まい探しにおいて、住宅弱者の約4割が“必要最低限の支援やサービスを受けられていない”と感じているそうなのです。

「自分のバックグラウンドがハードルとなって候補となる物件が少なかった」という問いに対して「はい」と答えた人は、回答の属性の順で言うと、高齢者が最も多く、次いで外国籍の方、ひとり親の方と続いていました。
高齢者に関しては、今日本の3人に1人ともいわれている状況で、ただ事ではないですよね。
不動産会社の訪問時に関する問いでは、「審査が通るか不安だった」と感じた人は、障害者、ひとり親、生活困窮者の順で多かった…など、属性によって住まい探しの難しさがそれぞれあることが分かっています。

井上:安心安全な住宅の確保は基本的人権だと思っているので、どんなバックグラウンドの人であっても、基本的人権が損なわれるべきではないと思っています。
この現状を説明してもらっていて感じたのが、法整備や業界団体など、ルールメイキング側で「属性を理由に該当者を断ってはいけない」といった仕組みが必要なのでは、ということです。

キョウ:そうですね。障害者の場合は、障害者差別禁止法で広く障害者に対して障害を理由に不当な差別的扱いを禁止しています。これはもし当事者から訴えがあった場合、罰金を払わなければならないといった、義務化されたものです。また同法では“合理的配慮”といって、不動産会社に限らず、行政や民間事業者は障害者から障害への対応のリクエストがあった際、過度な負担にならない程度に必要かつ合理的な配慮をするよう努めなくてはならない、と定められています。
LGBTQの場合では、東京都をはじめとした自治体による条例で、管轄内の企業に向けた当事者に対する不当な扱いを禁止する働きかけをしています。ただこれは、障害者差別禁止法ほどの強制力がありません。
そのほか、外国籍、生活困窮者、ひとり親など、多くの分野でルールメイキングがいまだなされていないのが現状です。
住宅弱者なども含めた住宅要配慮者のための物件として、国土交通省ではセーフティネット住宅を運用していますが、まだ活用は進んでいないようです。


「住宅弱者に対応する意思のある人たちにノウハウを提供していけないか」

井上:ひとり親であっても、独居老人であっても、“住まいを確保できない”というのはあり得ないことですよね。
何ヶ月も、探す手間も惜しみなくかけて探すのであればやがて見つかるかもしれませんが、そこまでに費やす時間と労力と精神力を考えると、改善しないといけません。
以前LIFULLで働いていた社員でシングルマザーの方は、お部屋探しの際に15件連続で断られ続けた経験があると聞いたことがあります。

キョウ:ひとり親になるのも、いろいろな事情があってのことなので、そこで「シングルマザーだから」と一辺倒に断るのもおかしな話だと思います。

井上:先日、「空き家1,000万戸時代」と謳われたニュースが出ているのを見たのですが、既に1,000万戸の空き家がある一方、日本の人口と世帯数はどんどん下がっていく状況にあると報道していました。需給バランスで言ったら先細っていく状況にある中で、属性で判断して「この人はトラブルを起こしかねない」「収入がないなら入居させるのをやめよう」と顧客を選り好みし、空室にしている場合ではないですよね。古い固定観念がまとわりついている感じがします。

今、私は個人的に複数のマンションを購入し、“入居審査なし・初期費用を最小限に・保証人の設定を柔軟に”という方針で、オーナーとして管理する不動産会社に指示して試験的に運用しています。
入居者の収入に不安があることで家賃未払いのリスクを負うことを嫌がるオーナーの気持ちも分かりますが、そのために保証会社があるのですよね。代位弁済(※1)のために保証機関にお金を払っているわけです。
外国籍やLGBTQに関しては、収入なども関係のない話ですよね。
そうしたムーブメントをACTION FOR ALLで起こしているのは素晴らしい取組みなので、世の中が皆、追随してほしいなと願っています。

キョウ:本当にそうですよね。実は今ACTION FOR ALLで大きく2つのことをやりたいと構想を練っているところです。
ACTION FOR ALLではこれまで、ユーザーと理解ある不動産会社とのマッチングを主としていて、FRIENDLY DOORには9月末現在で4,049の店舗に登録いただいています。
そこでやりたいことの一つが、住宅弱者に対応する意思のある人たちにノウハウを提供していくためのDE&I(※2)研修です。
例えば、現在展開しているLGBTQ・障害者などの各接客チェックリストを他ジャンルにも広げていったり、“アンコンシャス・バイアス”について不動産会社用にカスタマイズした講義を提供したりできたらな、と考えています。
不動産会社にバイアスがあるかもしれないことに気づいてもらえる取組みを、いかに広げていけるかを思案しています。

やりたいことのもう一つが、不動産会社と協働で住宅確保要配慮者向けの物件の運用・経営をする居住支援ファンドを設立することです。
企業の社宅として使われていた集合住宅が空室になっているという話をよく聞いていて、そういった物件を住宅弱者の人たちに向けて貸し出すためのファンドができないかと考えています。
居住支援法人の方やLIFULL Investmentの担当の方に協力を仰いで、現在リサーチを進めています。

※1 代位弁済……借主が何らかの理由で借金の返済ができなくなったとき、間に入っている第三者(保証会社等)が、借主に代わって貸主に借金を返済すること。

※2 DE&I……ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン。マイノリティもマジョリティと公平に並べるように、マイノリティ一人ひとりの状況に合わせてツールやリソースを調整して用意し、成功できるようにすること。

「企業主導ではなく、社員主導。ACTION FOR ALLはLIFULLらしい取組み」

キョウ:ACTION FOR ALLの事業について、井上さんはどう感じていますか?

井上:まず、ACTION FOR ALLの一番いいところは、プロジェクトの立ち上げが企業主導でなく社員主導だったことです。わが社らしくていいなと思っています。

さらに、FRIENDLY DOOR加盟店が4,049店舗にまで増えているのはいい傾向です。今や一大勢力ともいえるのではないでしょうか。
今後は加盟店に向けた認定制度に展開できると、事業としてもさらに充実しそうですね。アンコンシャス・バイアス研修などのカリキュラムを修了した店舗にLIFULLから認定を授与して認定店舗であることを明記できたり、物件検索結果の一覧画面で優先的に上位表示されたり、というのは私たちでもできるのではないかと思います。
さらには、RSC(不動産情報サイト事業者連絡協議会)を通じて、同業他社と協働するのもいいですよね。
“認証マークを得ることが営業にプラスになる”と不動産会社に感じてもらえれば、業界全体の景色も変わってくるのではないでしょうか。


「ルールメイキングのために国や業界団体にも働きかけていきたい」

井上:先ほども触れましたが、障害者差別禁止法のように、法的なルールメイキングをするのであれば、今回の調査結果を提示しつつ、住宅弱者への状況の改善についてロビーイングすることも考えてみたいと思います。

キョウ:心強いです。ただ、LIFULL HOME’Sが調査した結果はできる範囲で行ったものなので、まだ母数が少なく、ファクトとして提示するには弱いとも感じています。
母数を増やして傾向と実績を積むためにも、調査は続けていきたいです。

井上:なるほど。そうですね。法的な立て付けの例で言えば、「入居審査を断る場合には理由と根拠を明示しなければならない」というようなルールをつくることなどもいいかもしれません。

キョウ:ルールメイキングを踏まえて、オーナーや不動産会社のリスクを軽減するようなサービスをLIFULLで提供するのもいいかもしれませんね。
LIFULLでは、“住宅弱者の入居に関する研修”や“住宅弱者の方は優良顧客になり得るといった情報提供”を現状実施しているので、その仕組みを生かして、ルールとフォローをしていきたいです。
井上さんとお話ししていると、これもビジネスチャンスになるかもと思えてきました。

井上:そう捉えるのもさすがだね(笑)。

キョウ:井上さんとお話ししていると、どうソリューションするかの話になりがちですよね(笑)。


「課題解決のためのソリューションを提案していきたい」

キョウ:今後についてなのですが、住宅弱者の住まい探しのサポートに、LIFULLとしてはどう動いていきたいか、ご意見を伺いたいです。

井上:ACTION FOR ALLの事業が拡大していますが、当社としての取組みにとどまっています。これを、同業他社にも持ちかけて業界全体に広めていき、国にも働きかけていきたいです。住宅弱者にフレンドリーな不動産会社が増えていくような働きかけを進めていきたいと感じています。

キョウ:業界もそうですが、財団法人との取組みも進めていけたらといいなとも思っています。
社会貢献を住宅の領域でできることはないかと関心を持っている公益財団法人もあるので、手を組める団体との連携も視野に入れていきたいですね。

井上:あとは、諸外国との比較もやりたいことですね。
政府や業界団体に働きかけるにしても、そもそも日本が世界的に見て特殊な市場になっている点が、住宅弱者を生んでいるようにも思っています。
海外ですと、1ヶ月分に満たないぐらいのデポジットで審査もそう厳しくなく部屋を借りられるわけです。
ですから、今後は諸外国並みに、少量のデポジットで誰もが審査なく住みたい部屋に住める市場に変えていきたいです。

キョウ:そうですよね。とはいえ、急に枠組みを変えるのは大変ですから、既存の枠組みはそのままに課題解決をしていくソリューションを、LIFULLで提案していきたいですね。


おわりに

ハビタット・デーの目的の中には「誰もが町や都市の未来を形づくる力と責任を持っている」ことを思い出させる、という意図があります。
井上とキョウの言葉のやりとりを聞いていると、住まいの領域の変革が社会を変えていくことにつながると感じられました。安心して暮らせる家、それを実現する社会について、読者の皆さんも考えてみませんか?


プロフィール

井上高志(いのうえ・たかし)
神奈川県横浜市出身。新卒入社した株式会社リクルートコスモス(現・株式会社コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、1997年独立して株式会社ネクスト(現・株式会社LIFULL)を設立。一般財団法人PEACE DAY代表理事、一般財団法人Next Wisdom Foundation 代表理事、公益財団法人Well-being for Planet Earth 評議員、一般社団法人新経済連盟 理事、一般社団法人21世紀学び研究所 理事、一般社団法人ナスコンバレー協議会代表理事などを務める。


龔 軼群(キョウ イグン)

上海生まれ。5歳のときから日本在住。2010年株式会社ネクスト(現・株式会社LIFULL)入社。営業や国際事業部などの部署異動を経て、2019年からはFRIENDLY DOORの事業責任者に。認定NPO法人 Living in Peaceの代表理事も務めている。


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