
ナトリウム
【概要】
ナトリウムは、体内の水分バランスや神経伝達、筋肉の収縮に不可欠なミネラルです。主に食塩(塩化ナトリウム)として摂取され、生命維持に重要な役割を果たします。成人の体内には体重の約0.15%のナトリウムが存在し、その3分の1が骨に、残りは主に細胞外液に分布しています。現代の食生活では過剰摂取が懸念されており、高血圧などの生活習慣病のリスクを高める可能性があります※1。適切な摂取量を守り、健康的な食生活を送りましょう。
【基礎知識】
化学的性質
ナトリウム(Na)は元素周期表のアルカリ金属に属する元素で、自然界では単体ではなく、主に塩化ナトリウム(NaCl)などの化合物として存在します。水に溶けやすく、体液中ではイオン(Na⁺)として存在し、電解質の一種として機能します。
体内での分布
ナトリウムは主に細胞外液(血液やリンパ液)に多く存在し、体内の水分バランスを調整しています。細胞内にはカリウムが多く、このナトリウムとカリウムの濃度差が生命活動の原動力となります。血液中のナトリウム濃度は厳密に調整されています。
主な機能

体液バランスの維持:細胞内外の水分量を適切に保ち、脱水やむくみを防ぎます。
浸透圧の調整:血液の浸透圧を調整し、細胞の正常な機能を維持します。
神経伝達のサポート:神経細胞の活動を助け、神経の信号伝達をスムーズにします。活動電位発生時には、1秒間に約100万個のナトリウムイオンが神経細胞に流入します。
筋肉の収縮に関与:筋肉の収縮をサポートし、運動機能を支えます。筋収縮時には、筋小胞体からのカルシウム放出を制御する役割も担います。
消化液の構成:胃酸(塩酸)の原料となり、消化を助けます。1日に1.5Lの胃液を生成します。膵液や腸液にも重炭酸ナトリウムとして含まれ、消化管内のpH調整に寄与します。
体内での代謝経路
体内のナトリウムは主に腎臓によって調節されています。摂取したナトリウムの約95%は小腸で吸収され、血液中を循環し、腎臓でろ過されます。体に必要な量が再吸収され、余分なナトリウムは尿として排泄されます。アルドステロンというホルモンが腎臓でのナトリウム再吸収を促進し、血中のナトリウム濃度を一定に保つ働きをしています。
吸収・代謝のメカニズム
ナトリウムの吸収は主に小腸で行われ、腸管壁を通過してすぐに血液に取り込まれます。体内では細胞の外側(細胞外液)に多く存在し、ナトリウム-カリウムポンプという機構を通じて細胞膜を境に濃度勾配が維持されています。このポンプは、3個のナトリウムイオンを細胞外に排出する代わりに、2個のカリウムイオンを細胞内に取り込むことで、細胞の電気的バランスを維持しています。
摂取量が少ない場合は腎臓で再吸収され、多い場合は尿として排出されます。1日当たりの糸球体ろ過量は約1.5kgに達しますが、尿中排泄量は摂取量に応じて0.1-10gの範囲で調節されます。この調節にはアルドステロンやバソプレシンなどのホルモンが関与しています。
他の栄養素との関係性
カリウム:ナトリウムの排出を促し、血圧の調整に関与します。ナトリウムとカリウムのバランスが血圧に影響を与えます。理想的な摂取比率はNa:K=1:2以上です。
カルシウム:ナトリウムの過剰摂取は、カルシウムの排出を増加させる可能性があります。ナトリウム摂取量が1g増加するごとに、尿中カルシウム排泄量が20-40mg増加することが確認されています。カルシウムは1日650mg以上の摂取が理想です。
マグネシウム:ナトリウムの過剰摂取を抑える働きがあります。血管弛緩作用を協働します。マグネシウムは1日300mg以上の摂取が理想です。
【最新の研究知見】
ナトリウム/カリウム比(Na/K比)の重要性
大規模コホート研究(NIPPON DATA80)で、尿中Na/K比が2.0未満の群は、3.0以上の群に比べて脳卒中リスクが43%低下することが示されました※2。カリウム摂取量を増やすことでNa/K比を改善でき、血圧管理に有効です※3。
名古屋学芸大学の介入試験では、カリウム摂取量を1日3,500mgに増やすことで、平均Na/K比を2.8から1.9に改善できることが示されました※4。
個別化栄養管理の進展
ウェルナス社のAI栄養解析システムで、約2万人の生体データを分析した結果、被験者の11%でナトリウムが血圧安定因子として機能することが判明しました※5。これらの「ナトリウム感受性低い」群では、1日7-8gの食塩摂取が推奨される一方、「高感受性」群では4g以下が適切とされています※6。
ACE遺伝子のI/D多型がナトリウム代謝に影響を与えることが確認されており、DD型保有者はII型に比べ、同量のナトリウム摂取で収縮期血圧が5-7mmHg高くなる傾向があります※7。
減塩と健康効果の相関
近年の研究では、ナトリウム摂取量を減らすことが高血圧の予防や改善に効果的であることが再確認されています※8。
日本人の食事摂取基準(2020年版)では、食塩摂取量の目標値が男性7.5g/日未満、女性6.5g/日未満に設定されていますが、実際の平均摂取量はこの値を大きく上回っています※9。
新たな健康リスクの解明
カリフォルニア大学の研究で、1日当たりナトリウム摂取量が1g増加するごとに、アトピー性皮膚炎発症リスクが11%上昇することが明らかになりました※10。また、ナトリウム摂取量と尿中カルシウム排泄量に直線的な相関があり(r=0.78)、1日8gの食塩摂取は、約300mgのカルシウム喪失に相当します※11。
減塩戦略の進展
食品業界でも減塩に対する取り組みが進んでおり、塩の風味は保ちながらナトリウム含有量を減らす技術が発展しています※12。例えば、塩の粒子サイズを小さくして舌の表面積との接触を増やす方法や、代替ミネラルの活用などがあります。家庭でも実践できる減塩の工夫として、香辛料やハーブ、酸味の活用が効果的との研究結果があります。
【相互作用】
ミネラルとの関係
カリウム: ナトリウムの排泄を促進し、体内の水分バランスを調整します。ナトリウムとカリウムのバランスが血圧に影響を与えます。理想的な摂取比率はNa:K=1:2以上です。
カルシウム: ナトリウムの過剰摂取は尿中へのカルシウム排出を増加させる可能性があります。ナトリウム摂取量が1g増加するごとに、尿中カルシウム排泄量が20-40mg増加することが確認されています。カルシウムは1日650mg以上の摂取が理想です。
マグネシウム: 血管弛緩作用でナトリウムの過剰摂取を抑える働きがあります。マグネシウムは1日300mg以上の摂取が理想です。
栄養素の吸収阻害
高タンパク質食: 尿中カルシウム排泄を増加させます。
カフェイン: 利尿作用によりナトリウム喪失を引き起こす可能性があります。
アルコール: 脱水によりナトリウム濃度を上昇させる可能性があります。
ポリリン酸ナトリウム: ミネラルの吸収を阻害する可能性があります。
薬との相互作用
利尿薬: ループ利尿薬や一部のチアジド系利尿薬はナトリウムの排泄を促進するため、低ナトリウム血症のリスクがあります。
高血圧治療薬: ACE阻害薬やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)などは、腎臓でのナトリウム再吸収に影響を与えるため、摂取量の急激な変化は薬効に影響する可能性があります。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs): イブプロフェンやアスピリンなどはナトリウムと水分の貯留を促進することがあり、高血圧患者ではリスクとなります。
吸収を促進/阻害する要因
促進要因:
アルドステロンの分泌増加(ストレス、低血圧時など)
発汗による体内ナトリウム減少後の摂取(効率的に吸収される)
一部の加工食品に含まれる添加物(グルタミン酸ナトリウムなど)
阻害要因:
食物繊維の豊富な食事(腸管でのナトリウム吸収を緩やかにする)
アルコール(利尿作用によりナトリウム排泄を促進)
一部のハーブや植物成分(例:セロリシード、ダンデライオン)は利尿作用を持ち、ナトリウム排泄を促進することがあります。
水分との関係
ナトリウムは体内の水分量を調整する重要な役割を担っています。過剰摂取すると、むくみや高血圧の原因になることがあります。細胞外液の主要陽イオンとして、1日約10Lの体液循環を維持しています。
【機能】
体液バランスの維持
ナトリウムは細胞外液の主要な陽イオンとして、1日に約10リットルの体液循環を維持し、体内の水分量を適切に保ち、血液の浸透圧を調整します。体内のナトリウム濃度が上昇すると、口渇中枢が刺激され水分摂取を促し、また腎臓でのアルドステロン作用により水分の再吸収が進みます。これにより体液の浸透圧が維持され、細胞の適切な水分量が保たれます。ナトリウム濃度を一定に保つことで、脱水や過剰な水分蓄積を防ぎます。
神経伝達の維持
ナトリウムイオンは神経細胞の活動電位の発生に不可欠です。神経細胞の興奮時にはナトリウムチャネルが開き、ナトリウムイオンが細胞内に流入することで活動電位を発生させ、神経インパルスの伝達が行われます。活動電位発生時には、イオンチャネルの開閉により、1秒間に約100万個のナトリウムイオンが神経細胞に流入します。これにより筋肉の収縮や感覚機能、脳の情報処理など重要な神経活動が可能になります。
筋肉の収縮機能
ナトリウムは筋肉細胞の収縮においても重要な役割を果たしています。神経からの信号が筋肉に伝わると、ナトリウムイオンの流入により筋細胞膜が脱分極し、カルシウムの放出を促して筋肉の収縮が引き起こされます。筋肉の収縮時には、筋小胞体からのカルシウム放出を制御する役割も担います。これにより、歩行や呼吸など日常のあらゆる動作が可能になっています。
消化液の成分としての役割
胃酸(塩酸)の生成に必要で、消化を助ける働きを持ちます。胃酸の原料として1日に1.5リットルの胃液を生成し、膵液や腸液にも重炭酸ナトリウムとして含まれ、消化管内のpH調整に寄与します。
栄養素の吸収促進
小腸でのグルコースやアミノ酸の吸収は、ナトリウムと共輸送されるメカニズムで行われています。ナトリウムが細胞内に取り込まれる際に、これらの栄養素も一緒に吸収されるシステムになっており、効率的な栄養摂取に重要な役割を果たしています。
酸塩基平衡の維持
ナトリウムは体内の酸塩基バランスの維持にも関与しています。腎臓での重炭酸イオンの再吸収にナトリウムが必要で、これにより血液のpH値が適切に調節されています。アシドーシスやアルカローシスといった酸塩基平衡の異常を防ぐ重要な機能を担っています。
【不足すると…】
ナトリウムは体内に比較的豊富に存在し、現代の食生活では過剰摂取が問題となることが多いですが、極端な制限や特殊な状況下では不足することもあります。ナトリウム不足(低ナトリウム血症)が起こると、以下のような症状やリスクが生じる可能性があります。
起こりうる症状
ナトリウムが極端に不足すると、めまい、倦怠感、食欲不振、低血圧、けいれんなどの症状が現れる可能性があります。軽度の不足では倦怠感や頭痛、筋肉の痙攣や脱力感、食欲不振などの症状が現れることがあります。症状が進行すると、より深刻な影響が現れます。認知機能の低下や混乱、判断力の低下といった脳機能への影響が見られることがあります。重症の場合、意識障害やけいれん、昏睡に至ることもあり、生命に危険を及ぼす可能性があります。
低ナトリウム血症の兆候
血中濃度が130mEq/L以下で倦怠感や食欲不振、120mEq/L以下で頭痛や吐き気、110mEq/L以下で痙攣や昏睡が起こる可能性があります。
特に注意が必要な状況
激しい運動や高温環境での長時間の発汗、重度の下痢や嘔吐が続く場合に注意が必要です。これらの状況では、通常よりも多くのナトリウムが体外に排出されるため、適切な補給が必要になります。マラソンランナーなどのアスリートが水だけを大量に摂取し、電解質を補給しなかった場合に起こる「水中毒」はこの一例です。長期間の食事制限や極端な減塩、嘔吐や下痢が続いたときなどもナトリウムが不足しやすい状況です。このような状況では、適切な塩分補給が必要となることがあります。
また、利尿薬の過剰使用や一部の腎臓疾患、副腎機能不全(アジソン病)などの病態でもナトリウム不足が生じることがあります。これらは医学的管理が必要な状態です。
高齢者や慢性疾患を持つ方は、食欲低下や薬剤の影響でナトリウム摂取が不足するリスクが高まることがあります。特に夏場の水分補給時には、水だけでなく適切な電解質も摂取することが大切です。
ナトリウム不足を予防するためには、極端な減塩を避け、バランスの取れた食事を心がけることが重要です。特に発汗量が多い状況では、スポーツドリンクなどの電解質を含む飲料での水分補給も検討するとよいでしょう。
【摂取した方がいい人】
激しい運動をする人
長時間の運動や高強度のトレーニングを行うアスリートや運動愛好家は、汗と共に多くのナトリウムを失います。特に暑い環境での運動では、1時間に1~2gもの塩分が汗で失われることがあります。マラソンランナーなどは特に注意が必要です。このような場合は、スポーツドリンクなどでナトリウムを適切に補給することが重要です。
高温環境で働く人
建設現場や厨房など、高温環境で働く人々は通常よりも発汗量が多く、ナトリウムの損失が増加します。こうした環境では、水分だけでなく適切な塩分摂取も心がける必要があります。熱中症リスクの高い作業者も積極的に摂取する必要があります。
下痢や嘔吐が続いている人
激しい下痢や嘔吐が続く場合、消化管からナトリウムを含む電解質が大量に失われることがあります。特に子どもや高齢者では脱水と電解質バランスの乱れが起こりやすく、経口補水液などでの補給が勧められます。
副腎機能が低下している人
アジソン病などの副腎機能低下症では、アルドステロンの分泌不足により、腎臓でのナトリウム再吸収が十分に行われず、ナトリウム不足になりやすいです。このような疾患がある場合は、医師の指導のもとでナトリウム摂取を調整する必要があります。
特定の薬剤を服用している人
一部の利尿薬、特にループ利尿薬(フロセミドなど)は強力なナトリウム排泄作用があり、過剰な排泄によってナトリウム不足になるリスクがあります。また、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ薬も、稀に低ナトリウム血症を引き起こすことがあります。
その他
低血圧の人、クローン病などの吸収障害患者、Addison病などの副腎不全患者なども積極的に摂取する必要があります。
【どんな食材に入ってる?】
ナトリウムは多くの食品に自然に含まれていますが、現代の食生活ではその多くが食塩(塩化ナトリウム)として食品に添加されています。以下に、ナトリウムを多く含む食品と、その特徴や調理法のポイントを紹介します。
自然食品のナトリウム
海藻類: 昆布、わかめなどは自然のナトリウムを多く含んでいます。
魚介類: しらす、アジなどの小魚は特にナトリウム含有量が多いです。
野菜類: セロリ、ほうれん草、ビーツなどの野菜には自然のナトリウムが含まれています。また、これらの食品からのナトリウム摂取は総摂取量の中では少量であり、むしろカリウムなどの他の栄養素も一緒に摂れるため、積極的に摂取しても問題ありません。
乳製品: 牛乳、卵などにも自然のナトリウムが含まれています。
塩蔵食品
塩鮭、塩サバ、干物などの塩蔵魚介類は非常に高いナトリウム含有量があります。調理前に水に浸けて塩抜きすることで、ナトリウム量を減らすことができます。塩抜きの際は冷水を用い、時々水を交換すると効果的です。
加工肉製品
ハム、ベーコン、ソーセージなどの加工肉製品は保存性を高めるために塩が多く使用されています。これらの食品は薄く切って使用量を減らしたり、茹でてから使用することでナトリウム量を減らせます。
漬物・佃煮
漬物や佃煮は伝統的な日本の保存食で、高濃度の塩や醤油で味付けされています。食べる前に軽く水洗いする、または少量を味のアクセントとして使うのがおすすめです。
調味料
醤油、味噌、ソース類は日本食の基本調味料ですが、ナトリウム含有量が高いです。減塩タイプを選ぶか、香辛料やレモン汁などの酸味を活用して調味料の使用量を減らす工夫ができます。
パン・麺類
市販のパンや麺類には意外にもナトリウムが多く含まれています。特に即席麺は味付けの粉末スープに多量の塩が含まれているため、スープを全て飲まない、または具材を多めにして薄味にするなどの工夫が効果的です。
チーズ
プロセスチーズやブルーチーズなどの熟成チーズは保存のためにナトリウムが多く使われています。少量を味のアクセントにする、またはフレッシュタイプのチーズを選ぶことで摂取量を抑えられます。
スナック菓子
ポテトチップスやスナック菓子は表面に塩が振りかけられ、高濃度のナトリウムを含んでいます。代わりに無塩のナッツやフルーツを間食に選ぶと良いでしょう。
【摂取量】
推奨量・目標量
日本人の食事摂取基準(2020年版)によると、ナトリウム(食塩相当量)の目標量は以下のように設定されています。
男性(18歳以上):7.5g/日未満
女性(18歳以上):6.5g/日未満
小児(1〜6歳):3.0〜3.5g/日未満
小児(7〜17歳):4.0〜6.0g/日未満
高血圧患者:6g/日未満が推奨
このナトリウム摂取量の目標値は、世界保健機関(WHO)が推奨する1日5g未満(ナトリウム換算で約2,000mg)よりも高い設定になっていますが、日本人の現状の摂取量(男性約11g/日、女性約9.3g/日)から考えると、まずはこの目標値を目指すことが現実的とされています。
食品中のナトリウム含有量
以下は、主な食品100g当たりのナトリウム含有量です。
【調味料】
食塩:39,000mg
醤油:5,700mg
味噌:4,900mg
ケチャップ:1,000mg
マヨネーズ:780mg
【加工品・保存食】
梅干し:7,100mg
漬物(たくあん):2,400mg
塩鮭:3,300mg
ハム:1,200mg
即席ラーメン(乾燥):1,900mg
食パン:490mg
【乳製品・チーズ】
プロセスチーズ:1,200mg
ナチュラルチーズ:600mg
牛乳:40mg
【野菜・果物】
セロリ:100mg
ほうれん草:19mg
バナナ:1mg
りんご:1mg
換算方法
ナトリウム量から食塩相当量への換算: ナトリウム(mg)×2.54÷1000=食塩相当量(g)
食塩相当量からナトリウム量への換算: 食塩相当量(g)×1000÷2.54=ナトリウム(mg)
実際の摂取状況
令和元年国民健康・栄養調査によると、日本人の平均食塩摂取量は男性10.9g/日、女性9.3g/日で、目標量を大きく上回っています。特に、中高年男性では12g/日を超える摂取となっているケースも少なくありません。
生活習慣病との関連
高血圧患者では、食塩摂取量を6g/日未満に抑えることで血圧低下効果が期待できます。減塩が高血圧だけでなく、腎機能障害や骨粗鬆症、胃がんなどのリスク低減にも関連していることが示されています。
疾患重症化予防量
高血圧患者では6g/日未満、CKD患者では3-5g/日という厳格な基準が示されています。
【摂りすぎると…】
ナトリウムの過剰摂取は、様々な健康リスクと関連しています。

高血圧
最も顕著な影響は血圧上昇です。ナトリウムが体内に過剰にあると、血液量が増加して血管への圧力が高まり、高血圧を引き起こします。1日の塩分摂取量が6gを超えると、高血圧のリスクが直線的に上昇するとされています。
心血管疾患リスクの増加
継続的な高血圧は心臓に負担をかけ、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患のリスクが高まります。特に日本人は食塩感受性が高いとされており、欧米人と比較して同じ量のナトリウム摂取でもより血圧が上昇しやすい傾向があります。
腎臓への負担
過剰なナトリウムは腎臓の濾過機能に負担をかけます。長期的な高ナトリウム血症は腎機能の低下を引き起こし、特に既存の腎臓病がある場合はその進行を加速させるリスクがあります。
骨の健康への影響
高ナトリウム食は尿中カルシウム排泄を増加させ、骨からのカルシウム流出を促進します。これにより骨密度の低下や骨粗鬆症のリスクが高まる可能性があります。ナトリウム摂取量が1g増加するごとに、尿中カルシウム排泄量が20-40mg増加することが確認されています。1日8gの食塩摂取は、約300mgのカルシウム喪失に相当します。
むくみと体重増加
ナトリウムは水分を引き寄せる性質があるため、過剰摂取すると体内に水分が貯留し、むくみや体重増加の原因となります。特に足首や顔周りのむくみとして現れることが多く、朝起きた時に目の周りがはれぼったく感じる原因にもなります。
胃がんリスクの上昇
高塩分食品の常習的な摂取は胃粘膜を刺激し、胃がんのリスク因子となることが日本を含むアジアの複数の研究で示されています。特に、塩蔵品や高塩分の漬物などの伝統的保存食品の多量摂取は注意が必要です。
水分バランスの乱れ
ナトリウムの過剰摂取と水分摂取不足が組み合わさると、重度の脱水や熱中症のリスクが高まります。特に高齢者や慢性疾患を持つ人々では、この影響が顕著に現れることがあります。
認知機能への影響
最近の研究では、高ナトリウム食が認知機能の低下と関連している可能性が示唆されています。血管健康の悪化を通じて、長期的に脳機能に悪影響を及ぼす可能性があるとされています。
皮膚への影響
カリフォルニア大学の研究で、1日当たりナトリウム摂取量が1g増加するごとに、アトピー性皮膚炎発症リスクが11%上昇することが明らかになりました。
以上の健康リスクを考慮すると、日本人の食事摂取基準で示される目標値(男性7.5g/日未満、女性6.5g/日未満)を意識したナトリウム摂取の管理が重要です。特に加工食品や外食の多い現代の食生活では、知らず知らずのうちにナトリウム摂取量が増えているため、意識的な減塩の取り組みが必要となります。
【効率の良い食べ方】
調理における減塩の工夫
減塩を心がけることで、ナトリウムの過剰摂取を防ぎながら、必要量を効率よく摂取できます。以下の調理法や食事法を試してみましょう。
味付けのタイミング:料理の最後に塩を加えると、少量でも味をはっきり感じられます。煮物などは煮汁を少なめにし、塩分が食材に染み込みすぎないようにします。
温度の活用:温かい料理は冷たい料理より塩味を感じやすいため、温かいうちに食べることで少ない塩分でも満足感が得られます。
だしの活用:昆布やかつお節、干ししいたけなどからうま味成分を引き出すことで、塩分が少なくても満足感のある味わいになります。特に和食の基本となるだしは減塩調理の強い味方です。
香辛料・ハーブの活用:唐辛子、黒胡椒、山椒などの香辛料やバジル、タイム、ローズマリーなどのハーブを使うことで、塩分控えめでも風味豊かな料理になります。また、柑橘類の皮や果汁も香りが強く、減塩調理に適しています。
酸味の利用:レモン汁、酢、ワイン、トマトなどの酸味のある食材は、塩の代わりに料理の味を引き締める効果があります。特に魚料理では、レモンをひと絞りするだけで塩分量を減らせます。
食べ方の工夫
よく噛む:一口30回以上噛むことで、食材の味を十分に感じることができ、少ない塩分でも満足感が得られます。
調味料は「かける」より「つける」:醤油やソースなどの調味料は、料理にかけるのではなく、小皿に少量出して「つける」食べ方に変えると、摂取量を大幅に減らせます。
順番の意識:食事の最初に汁物を飲むと、その塩分で舌が慣れてしまい、主菜や副菜も塩分が強くないと物足りなく感じることがあります。野菜や主菜から食べ始め、汁物は最後に取るようにすると、全体の塩分摂取量を減らせます。
食材選びの工夫
加工食品の見直し:ハム、ソーセージ、ベーコン、漬物などの加工食品は塩分が多いため、頻度や量を控えめにします。選ぶ際は栄養成分表を確認し、ナトリウム量の少ない商品を選びましょう。
減塩調味料の利用:減塩醤油や減塩味噌などは、通常品より30~50%ナトリウムが少なく、味の違和感も少ないものが増えています。
カリウムを含む食品との組み合わせ:カリウムを多く含むバナナ、ほうれん草、じゃがいも、キノコ類などを意識的に摂ることで、ナトリウムの排泄を促進し、血圧上昇を抑制する効果が期待できます。
減塩テクニック5選
香辛料活用
酸味利用
だしの旨味
調味料使い分け
香味野菜
注意点
急激な減塩は避ける:習慣的に塩分の多い食事をしている場合、急に大幅に減塩すると食べ物がまずく感じ、続かないことがあります。2~3週間かけて徐々に減らしていくことで、薄味に慣れていくことができます。
過度の制限に注意:体に必要なナトリウムまで不足しないよう、極端な減塩は避けましょう。特に発汗の多い状況では適切なナトリウム補給が必要です。
市販の減塩食品の盲点:「減塩」と表示された食品でも、他の調味料が増量されているケースがあります。栄養成分表示を確認する習慣をつけましょう。
【レシピ】
香り豊かな和風きのこリゾット(2人分)
このレシピは、ナトリウムを控えめにしながらも、だしの旨味と香り野菜の風味で満足感のある一品です。きのこのカリウムがナトリウムのバランスを整えます。
【材料】
米:1カップ(180g)
混ぜ合わせきのこ(しいたけ、しめじ、まいたけなど):200g
玉ねぎ:1/2個(100g)
セロリ:1/4本(30g)
にんにく:1片
オリーブオイル:大さじ1
白ワイン(なければ酒):大さじ2
かつお昆布だし:2カップ(400ml)
しょうゆ:小さじ1/2(減塩しょうゆなら小さじ1)
塩:ひとつまみ(約0.3g)
こしょう:少々
パルメザンチーズ(あれば):小さじ2
刻みパセリまたは三つ葉:適量
【作り方】
米は洗ってざるに上げ、30分ほど水気を切っておきます。
かつお昆布だしを用意します(市販のだしパックでも可)。熱くしておきます。
きのこは石づきを取り、食べやすい大きさに切ります。玉ねぎとセロリはみじん切り、にんにくはつぶします。
中火で熱した鍋にオリーブオイルを入れ、にんにくを炒めて香りを出します。
玉ねぎとセロリを加え、透き通るまで炒めます。
米を加えて2分ほど炒め、粒が透き通ってきたら白ワインを加えて軽く煮詰めます。
熱いだしを1カップ加え、木べらでかき混ぜながら煮ていきます。
だしが吸収されてきたら残りのだしを少しずつ加え、米がアルデンテになるまで15~20分煮ます。
きのこを加えてさらに3分ほど煮ます。
火を止め、しょうゆと塩、こしょうで味を調えます。
パルメザンチーズがあれば加えて混ぜ、器に盛りつけて刻みパセリまたは三つ葉を散らします。
【ポイント】
昆布とかつおの複合だしを使うことで、塩分を抑えても満足感のある味わいになります。
セロリの風味が塩分を補う効果があります。
きのこ類のカリウムはナトリウムの排出を促進するため、バランスの良い一品になります。
パルメザンチーズは少量でも旨味が強いため、減塩料理に適しています。
このリゾットは主食と具材が一緒になった一皿完結型の料理で、別途塩分の高い汁物や副菜を加える必要がありません。野菜サラダを添えれば、バランスの良い食事になります。
減塩和風スープ
昆布だし、豆腐、ほうれん草、減塩味噌を使用したスープです。だしの旨味で塩分を抑えつつ、満足感のある味わいになります。
減塩でも美味しい和定食
鮭のホイル焼き、具だくさん味噌汁、ほうれん草のごま和えなど、だしや風味を活かした減塩でも美味しい和食の組み合わせです。
うま味を活かした減塩レシピ:和風きのこサラダ
きのこミックス、わかめ、長ねぎ、少量のしょうゆ、酢、ごま油を使用して、素材の旨味を活かした減塩サラダに仕上げます。
【専門用語】
電解質:体液中で電気を帯びたイオンとして存在する物質。ナトリウム、カリウム、カルシウムなどがあり、神経伝達や筋肉の収縮など重要な生理機能に関わる。
アルドステロン:副腎皮質から分泌されるホルモンで、腎臓でのナトリウム再吸収を促進し、カリウムの排泄を増加させる。血圧の調節に重要な役割を果たす。
ナトリウム-カリウムポンプ:細胞膜に存在する酵素で、ATP(アデノシン三リン酸)のエネルギーを使って、3個のナトリウムイオンを細胞外に排出し、2個のカリウムイオンを細胞内に取り込む。
浸透圧:溶液中の溶質濃度の違いによって水が移動する圧力。ナトリウムは体液の浸透圧を調節する主要な電解質の一つ。
活動電位:神経細胞の膜電位が急激に変化する現象で、神経インパルスの伝達に必要。ナトリウムイオンの細胞内への流入が活動電位の発生に不可欠。
低ナトリウム血症:血液中のナトリウム濃度が正常値(135~145mEq/L)を下回る状態。重症の場合、神経系の異常を引き起こすことがある。
食塩相当量:ナトリウム量から換算した食塩(塩化ナトリウム)の量。ナトリウム(mg)×2.54÷1000=食塩相当量(g)の式で計算される。
食塩感受性:血圧が食塩摂取量の変化に反応しやすい性質。日本人は欧米人と比較して食塩感受性が高いとされる。
うま味成分:食品に含まれる旨味を感じさせる物質。グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸、グアニル酸などがある。減塩調理において重要な役割を果たす。
カリウム/ナトリウム比:食事中のカリウムとナトリウムの摂取比率。この比率が高いほど、高血圧などのリスクが低減するとされる。
ポリリン酸ナトリウム:食品添加物として使用される塩の一種で、ミネラルの吸収を阻害する可能性がある物質。
むくみ(浮腫):体内に過剰な水分が貯まり、手足などが腫れる状態。
香味野菜:香りや風味付けに使用される野菜類(しょうが、にんにく、ねぎなど)。
【参考文献】
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