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岡田武史×工藤勇一の教育対談! やらないことを決める

元サッカー日本代表監督の岡田武史さんと、教育界の旗手として知られる工藤勇一さん。FC今治高等学校里山校(以下、FCI)での取り組みについて、またこれからの教育について語り合っていただきました。(後編) 
→前編はこちら

生徒の自己決定を促す

岡田 教育というのは社会に出るための準備じゃないですか。僕は教育のド素人ですが、社会がこれだけ大きく変わっているのに、教育が変わらないでいいのかなと思っていました。今はドバイで洪水が起き、サハラ砂漠に湖ができるような、誰にも明日が予測できない時代。これからの人間は誰も分からない世界を自分で歩いていかなきゃならない、主体性が絶対に必要だな、と。
そんな中、工藤先生のことを知り、本を読んだり話を聞いたりして、頭の中がすごく整理された。それで、先生が生徒の自己決定を促すためにかけるという3つの言葉(「どうしたの?」「あなたはどうしたいの?」「何か手伝えることはある?」)などをパクリまくったんです(笑)。先生が「人は違っていい。でもお互いの違いの落としどころを見つけていくのが民主主義だ」とおっしゃっていたことにも影響を受けました。

工藤 僕がいつも心がけているのは、やらないことを決めること。何事も足し算でやっていくと、結果的に人々の主体性・当事者性を奪い、サービスに慣れた人間を作ることになります。それにしても、岡田さんは学校に、チームにとお忙しいですよね。

岡田 そうですね。辻校長は教育のプロなので、カリキュラムなどについては全面的に信用して任せています。僕はみんなとコミュニケーションをとったり、外部の講師を連れてきたり、営業したり。でもサッカーに関してはトップチームだけじゃなくアカデミーやグローバルの経営も見ないといけない。一方でFC今治では共助のコミュニティー作りにも取り組んでいるので、それもある。だから、学校はいい意味で息抜きの場。僕にとっては「聖地」みたいなところかな。

地域に開かれた学校に

工藤 今コミュニティー作りとおっしゃいましたけど、これに関しては僕も岡田さんに学ばせてもらっています。これからの日本にとって地域創生はものすごく重要な課題。若い人は職を求めて都会に出てしまうけれど、今後は地方で会社を立ち上げ、地域を巻き込みながら、そこに産業を生むという構造改革が必要になってきます。学校はそういう人材を育てる拠点だと思うんですよ。

岡田 日本の従来の教育は同質な人を作っていますよね。大企業に就職することを目標としていた時代はそれでよかったけれど、これからは多様な人が入り組んだところに飛び込んでいく人材を作らないといけない。それならば、学校は社会に開かれているべきです。
うちの生徒は3年生になると寮を出ることになっているんですが、そのために今から準備しています。家の修理の仕方も教える予定だから、空き家を改修してシェアハウスみたいにするという選択肢もあるんだけど、彼らは地元の人の家に居候しようとしているんです。そうすれば食事を作らなくていいから(笑)。
それで、朝の魚市場を手伝ったり、地元の人の家で郷土料理を習ったりしているらしい。FC今治にはボヤージュっていうボランティアグループがあるんですが、それにも彼らは参加しています。町の人たち、特にお年寄りは喜んでくれていますね。

工藤 いいですね。こういう取り組みが日本中に広がっていく必要があるし、広がらなかったら日本はだめになると思います。ところで、FCIには多彩な外部講師が特別授業に来てくれていますよね。人選はどうしているんです
か? 

岡田 実はしてないんです。僕と会うと多くの人が向こうから「やりましょうか」と言ってくれる。生徒たちには授業の前に、あらかじめ講師のことを調べておくように言うんです。すると、講師が何も用意せずに来ても困らないくらい質問が出るんですよ。

工藤 そういう講師の人に後日、自分から連絡する子もいるんですか?

岡田 いますね。プログラミング部を立ち上げた子はサイボウズの青野慶久さんに「顧問になってください!」とお願いしていたし、投資部を立ち上げた子はeumoの新井和宏さんにヘルプに来てもらっています。

工藤 すごい! それは贅沢ですね。

トヨタ自動車会長の豊田章男さんによる特別授業。グラウンドでラリーカーの「GRヤリス」のデモランを同乗体験する場面も

変わり始める学校教育

工藤 最近になって、やっと日本の教育にも変わる気配が出てきました。1点でも多く取ったら大学に入れるという入試制度が時代に合わなくなっている。私立大学は今、半分が推薦入試です。10年後には総合型選抜がもっと増えます。コンピテンシーや非認知能力を入試で見る時代が目の前に来ているわけです。

岡田 企業も変わり始めている。トヨタの会長の豊田章男さんなんかは「岡田さんの教育の考え方に大賛成!」と言って、特別授業に来てくれました。企業が求めている人材が変わると大学が変わる、大学が変わると高校が変わる。うちはそれに先んじてやっているという感覚です。

工藤 僕は今、公立の小中学校を変えるために、年間100回を超える講演をしています。自治体の全ての小中学校をオンラインで結んで、初任者から校長まで、全教員に向けて教育のあるべき方向性について話すんです。
人口増加の時代の教育モデルはもう通用しないよ、と。でも教員ってこちらが変えようと思っても変わらない。価値観を揺さぶられ、自己矛盾を感じれば、「自分たちの本当の上位目標って何なんだろう?」と、一人一人がやってきたことを整理し始めます。そういうことを地道に続けてきたら、最近、日本中あちこちに変わり始める自治体が出てきたんです。

岡田 共通の上位目標を持つ必要性はよく分かります。強いチームには必ず一体感があるんだけど、一体感からチームを作ろうとすると、それぞれが自分の長所を活かせず我慢することになって失敗する。
「勝つ」という共通の上位目標を持っていれば、そのために違いを認め合い、結果が出るに従って自然に一体感が出てくるんです。

工藤 日本は絶対に変われると思いますよ。面白い人材がいっぱいいますもんね。

岡田 特に若い人は面白いですよね。僕らの頃は、24時間頑張って働いたら物質的な豊かさがくると思ってがむしゃらにやっていたけれど、今の若者は物に固執せず、やりがいとか地球環境とか、自分たちの生きていく社会とかを真剣に考えている。これからが本当に楽しみです。

岡田武史さん(おかだ・たけし)
1956年、大阪府生まれ。大阪府天王寺高等学校サッカー部、早稲田大学ア式蹴球部、古河電気工業サッカー部。80~85年サッカー日本代表。97~98年、2007~10年サッカー日本代表監督を務める。現在は、学校法人今治明徳学園 FC今治高等学校 里山校学園長。株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長。FC今治のクラブ経営、地方創生や教育事業などさまざまな分野に取り組む。愛称は「岡ちゃん」。

工藤勇一さん(くどう・ゆういち)
1960年、山形県生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒業。公立中学校教諭、新宿区教育委員会指導課長などを経て、2014年から千代田区立麹町中学校校長、20~24年横浜創英中学・高等学校校長。現在は、内閣府規制改革推進会議専門委員、法政大学HOSEI2030推進本部アドバイザーなど。24年6月からFC今治高等学校里山校 エグゼクティブコーチ。著書に『学校の「当たり前」をやめた。』など多数。

写真提供:FC今治高等学校里山校


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