はじめに.
本記事は、私が知り得た、地方分権に関する海外の制度をまとめた記事になります。
内容としては、主に、立法権の所在が、連邦と州のいずれに属するかという観点でまとめております。
地方自治や地方分権を学ぶ、様々な方々の参考になれば幸いです。
1.アメリカ合衆国
まず、アメリカ合衆国は、最も地方分権が行われている国だと言われております。
その証拠に、各州毎に、州憲法もあり、州議会も二院制であり、州軍と呼ばれる州の軍隊を持っており、まるで、一個の小国かと思えるほど、州政府は圧倒的な自治権を握っています。
ですが、個々の州内においては、州内の地方自治体は、州から付与された権限と自治権を有すると州憲法に規定されており、州と地方自治体との関係性は、単一国家モデル(下図)であるとのことです。
各州への分権の根拠条文は、以下のアメリカ合衆国憲法修正第10条になります。
また、アメリカ合衆国憲法第一条 第八節において、明示的に、連邦政府の権限がまとめられております。
解りやすい図を下に載せておきます。
つまり、上図で示された立法範囲以外は、全て州政府の立法範囲下にあるという事です。
本記事には、他の数か国の状況もまとめておりますが、アメリカ合衆国の各州は、他の諸外国の州と比べ、圧倒的に権限を握っているという事が、お解りになると思います。
2.イギリス連邦
まず、イギリスには成文憲法がありません。
国会主義という基本原則の下、議会がどんな事でも決定できるとされており、各国の憲法に該当する規定は、各法案によって、代用されております。
また、イギリスにおいては、権限移譲という大規模な地方分権改革が1998年に行われ、・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドの3つの地方は、独自の議会を持ち、ある程度独自の法を持てる事が保障されております。
その根拠法案は、それぞれ、ウェールズ政府法(2006年制定)・スコットランド法(1998年制定)・北アイルランド法(1998年制定)です。
各地方政府の管轄する立法範囲については、以下の通りとなります。
3.スイス連邦
スイスの連邦制の原型は、13世紀には出来上がっておりました。
それから時は流れ、18世紀に起きたナポレオンの台頭がきっかけとなり、スイスは完全なる連邦国家となります。
つまり、スイスは、連邦国家としての歴史が非常に長いという事です。
そして、地方自治の根拠条文は、以下のスイス連邦憲法 第三条になります。
ですが、アメリカのように、ハッキリとした形で、連邦政府の権限が示されている訳では無いようです。
また、連邦と州の立法範囲が競業する範囲もあり、以下の連邦政府の立法範囲を見る限り、実質的には日本と変わらず、そこまで州が実権を持っていないという事がお解りになると思います。
4.ドイツ連邦共和国
歴史的に見ても、鉄血宰相ビスマルクが、プロセインを中心に、周辺諸国を束ね、1871年にドイツ帝国を作ったという経緯がありますので、おそらく連邦制が根付いているだろうと予想できると思います。
ですが、その一方で、二度の世界大戦を引き起こした国であり、その影響もあってか、一度は中央集権制寄りの体制となってしまいました。
しかし、ドイツは、第二次世界大戦の反省から、二度とヒトラーのような独裁者を誕生させないため、直接民主主義的な制度を出来る限り撤廃し、大統領の権限を大幅に縮小し、首相の権限を強化するなど、より民主的な体制へと転換を図るような改革が成されています。
ですので、アメリカと同様に、各州は、独自の州憲法を持ち、憲法(ドイツ基本法)上でも、連邦政府が持たない管轄分野については、州が立法権を持つとされている等、欧州の中では、一番地方分権が進んでいる国と考えられる事もあります。
しかし、ドイツ基本法(憲法) を見ると、基本的には、州だけが管轄する立法範囲は狭く、連邦政府の立法範囲の方が広いという印象を受けます。
ドイツは社会保障も充実しているため、社会福祉国家としての役割を担うため、連邦政府の管轄が広くなっていると考えられます。
地方自治の根拠条文は、ドイツ基本法(憲法) 第30条です。
国と州の立法権範囲については、以下の通りになります。
5.フランス共和国
歴史上、"フランスは、万年戦争を行ってきた"と言っても過言ではありません。
ですので、国籍取得に関する制度を例として、軍事力増強に特化した国作りが長期に渡って行われてきたため、基本的には、中央集権制です。
ただ、その一方で、2003年に行われた憲法改正では、憲法第一条に地方分権の明記がされるなど、地方分権に向けた試みは行われております。
以下に、フランス共和国憲法 第1条と第72条の日本語訳を載せておきます。
しかし、第72条の条文をよく見ると、"法律で定められた条件の下で"というニュアンスの言葉が多数出てきます。
つまり、地方分権の状況については、あまり日本と変わらない事が、お解りになると思います。
※筆者は、フランス語が解りませんので、日本語訳はGoogle Translatorの原文をそのまま載せております。
6.イタリア共和国
イタリアでは、1948年に新憲法が制定されました。
ですから、ファシズム体制からの転換を図る意味で、単一国家モデルと連邦制の中間にあたるスペイン憲法に範をとる"リージョン・モデル"を取り入れたとのことです。
分権の根拠条文は、イタリア共和国憲法第117条であり、国と州が、それぞれの立法権を持つ事が、明示的に示されています。
また、当該177条には、国の立法権適用範囲についても、以下のように、明示的に示されています。
ただ、国の立法権範囲が及ぶ内容について見てみると、実質的には、今の日本における、国と地方自治体の業務分担と大差無い事が解りますので、あまり、地方分権は進んでいないと言えると思います。
7.スペイン王国
スペインにおいては、1936年から1978年まで、独裁政権が国を統治していたので、1978年の民主化運動をきっかけに、スペイン1978年憲法が制定されました。
それ故、比較的近代に憲法が制定されたことに加え、スペインでは、代々、色々な民族が入り混じって、国家が形成されてきたことから、"自治州国家モデル"という独自のモデルを取り入れているようです。
ですから、一個の州に一個の憲法(自治憲章)を持つ、仕組みを取り入れているようです。
その点においては、アメリカと類似していると言えます。
憲法において、州やそれ以下の地方自治体に対する明示は無いですが、国の権限については、国の専管事項がスペイン憲法 憲法第149条第1項において列挙されております。
また、同項において列挙されていない事項で、自治州が自治憲章に列挙していない権限は国の権限であることが同条第3項により規定されているようです。
ですが、内容を良く見てみますと、"自治州に属する権限は、これを妨げない"という言葉が、度々登場し、現代に成立した憲法であるためか、自治に重きを置いている事が良く解ります。
以下が、当該第149条の内容をとなります。
まとめ.
以上の事を踏まえると、比較的地方分権が進んでいる国の憲法においては、"州も立法権を持つ"という趣旨の条文があり、州の立法権について、憲法上でハッキリと明文化されている事が挙げられると思います。
また、国と州の立法権の管轄を憲法で明文化し、ハッキリ棲み分けを行っている国も多数あります。
しかし、個人的には、国と州の立法権の管轄を憲法で明文化してしまう事には反対です。
やはり、今後、より効率的な行政を実施する上で、各行政事務一個一個を取り上げても、国から末端の地方自治体(市区町村)まで、横断的に協力体制が必須となると考えているためです。
例えば、マイナンバーカード関連の行政事務は、それに該当するでしょう。
さらに、国の立法範囲における管轄が多すぎれば、逆に、今よりも、地方の活動を制限する事にも繋がってしまい、管轄範囲を修正する際には、いちいち憲法改正を行う必要が生じてしまい、費用面で見ても、かなりの損失に繋がるでしょう。
最後に、日本の憲法上の地方自治体の条例制定権に関する条文である第94条を取り上げておこうと思います。
やはり、この一文だけ見ても、本記事で取り上げた他の国のように、国と各都道府県等の各広域自治体が、対等な立法権を持つとは、どうやっても解釈する事は出来ません。
まず、"地方公共団体"とは、何を指しているのか、それすらも明確ではなく、広域地方自治体(都道府県)と基礎的自治体(市区町村)が一緒くたにされている事からも、各都道府県や州のような都道府県連合体には、立法権を与える気は一切ない事が読み取れるでしょう。
さらに、敢えて、"条例"と言う、法律とは別の言葉を作り出し、それを条文内に使っている事からも、同様の意図が読み取れます。
最後に、"法律の範囲内で"という言葉ですが、この言葉が最も今の地方政治に大きな影響を与えており、結局、法律によって委任された事柄しか、条例は制定出来ないようになっています。
それどころか、官僚達は、国の法律制定後も、条例の制定余地を一切残さないように、徹底して政令や省令を加え、しっかり地方の裁量の余地を潰しております。
しかし、仮に、官僚達を上手く動かせるようになり、法改正によって、条例制定の裁量が拡大したとしても、アメリカの各州のように、地方自治体が、自由に立法出来るようにはなりません。
確かに、条例の制定権の裁量が増える事によって、各行政事務においては、効率化が行えたり、多少の改善は見込まれるでしょう。
しかし、各地方の人々が、"自分達の法律を作れるように"するためには、日本国憲法の改正が必須であり、本記事で取り上げたような海外諸国の憲法のように、"各都道府県は、国と同等の立法権を持つ"との趣旨の条文を、憲法内に設ける他無いと思います。
参考文献.
・各国における分権改革の最新動向―日本、アメリカ、イタリア、スペイン、ドイツ、スウェーデン (神奈川大学法学政治学研究叢書)
・アメリカの地方自治
・アメリカの州・地方政府の概要
・スイスの地方自治
・ドイツにおける国と地方の役割分担
・フランスにおける国と地方の役割分担
・フランスの地方自治
・Texte intégral de la Constitution du 4 octobre 1958 en vigueur(フランス第五共和国憲法全文)
・COSTITUZIONE ITALIANA(イタリア共和国憲法全文)
・スペインの地方自治