毒親サバイバーが連ちゃんパパに抱く既視感
連ちゃんパパがここ数日で話題に上ったのは皆様もご存知のことであろう。自分もご多分に漏れず読んでみた。いわく「お薬飲めたねゼリーでコーティングされた毒薬」……。言い得て妙である。
それにしてもこの漫画、どこかで見たことがある。作品自体を読んだのは初めてなのだが、連ちゃんパパこと主人公の日之本進・妻の日之本雅子など登場人物が毒親そのものなのである。「明らかにこんなクズどもは毒親だろう!」ということではない。そうではなくて、彼らの行動が現実の毒親の行動パターンにそっくりなのだ。これを読んで自分の毒親を想起したのは私だけではあるまい。以下、連ちゃんパパに見る毒親性を取り上げていきたい。なおここで問題としたいのは、「毒親は人でなしではあるが、実は人並みの感受性を持っている」という点である。皆様の毒親理解に寄与できれば幸いである。
・子供への愛情はある
多くの方が毒親と聞いて子供への愛情の薄い存在を思い浮かべるかもしれない。実は毒親にもいくつか種類があって、子供への愛情が一切ない、自己実現の道具としか思っていないというタイプの毒親も多数いるのは事実である。しかし、私の知る限りの毒親はというものは実は子供への愛情に溢れている。
毒親にとって子供とは、「自分が金を出して育ててやっている、自分が優位に立てる対象」であり「いくら裏切っても自分への信頼を無くすことのない、慈愛に満ちた主体」である。そんな子供は毒親にとってはこの上なく愛しいものなのである。
だから彼らは子供に対して責任のある行動を取らず、自分勝手に振り回す。Adult Childrenとは上手く言ったもので、「精神が子供のまま年齢と人生経験が大人になった存在」が毒親の最大の特徴である。そして、精神が子供である彼らは、自分の子供を「かつて自分に愛情を注いでくれなかった自分の親」の代わりにするのである。子供(のように振る舞う毒親)は親(代わりを務めなければならない子供)の期待通りには育たない。こうやって毒親は子供をいつも裏切るのである。
毒親は、まさしく「親の言うことを聞かない子供」の「子供の側」の振る舞いをするのである。そんな毒親たちのために、親代わりとして振る舞わねばならない子供としてはたまったものではない。こうして子どもたちはまだ10年も生きていないうちから毒親たちの世話を始めなければならなくなる。甲斐甲斐しく両親の世話をする浩司は毒親育ちの子供の典型である。彼は腹を立てることはあれど、両親への好意は消えない。毒親は子供の愛情に報いることは決してない。
しかし、ここで毒親は子供の愛情をただただ受け取るだけのサイコパスではない。悪魔にだって友情があるように、毒親にも愛情はあるのだ。彼らは子供を愛している。依存の対象ではあるが、自分が育ててやっていて、かつ自分を無限に愛してくれる存在である。自分勝手なだけで、子供への愛情に溢れているのが毒親である。だから子供が命の危険に晒されていたら助けようとするし、子供に万が一のことがあったら涙を流す。そう振る舞うように出来ているのである。連ちゃんパパにおいても息子の浩司がパパに腹を立てているシーンではパパである進もショックを受けている。
・その場の感情に振り回される
毒親は感情に振り回される生き物である。しかしその感情は一貫性のある判断基準によってなされているのではない。常に基準がブレる。「判断基準がブレる」という程度ならまだ一般的な範疇である。毒親は「特定の感情を生み出す判断基準が毎度ブレる」のである。子供が同じことをしていても毒親がその光景を見て抱く感情は変わる。それは慣れるとか鈍るとか嫌気がさすといったものではなく、一ヶ月前は同じ光景を見て子供を褒めていたのに、今は同じ光景を見て怒鳴り散らすというレベルで感情が変わる。
そのため、子供はいつも毒親の行動に混乱させられる。しかもその感情は単に「自分が楽をしたい」とか「自分だけが他人を出し抜いて得したい」とかそういう自己本位的な感情のみではない。「自分が他者を救って酔いしれたい」という感情も含まれている。連ちゃんパパ20話はその最たる例である。
20話では他人の子供を妊娠した妻と再び同居を始め、その子供が生まれるのだが、進は当初から妻に金をせびり、離婚を迫っている。
もちろん、勝手に逃げた妻に対して怒るのは当然である。また、他人の子供が生まれたとしても、婚姻状態が続いている以上は自分の子供になってしまうという不安も当然である(なお、この作品は1990年代のものであり舞台も連載当時を前提としていると思われるため、DNA鑑定などは一般化していなかったことに留意が必要)。
しかし、いざ雅子が救急搬送され、胸の内を吐露すると進は離婚届をわざわざ取り出して破り捨てる。別に破り捨てる必要はないのだが、こういう手軽に酔える行動に走るのは毒親の特徴である。
雅子もここについては同じきらいがある。息子の浩司に対する彼女の行動は一貫していない。4話では「逢うと辛くなるから」と言って顔すら見ずに逃げ出したくせに、19話では自分から浩司にこっそり会いに行き、その後は日常的に息子を住まいに招いている。そして自分を捨てた間男が迎えに来るとそっちに乗り換える、息子が自分と離れ離れになって泣くとなるとまたそっちに戻る。夫が自分の思い通りにいかなくなると保険金殺人を計画する。感情に振り回されてばかりである。
毒親に対する苦しみを克服できた状態でない限り、毒親サバイバーが本作を読むのは避けたほうが良いだろう。
リアル毒親に興味がある方は拙作「やる夫は人生を振り返るようです」を御覧ください。
ここまでありがとうございました。