地理~Geography~
サウス・ロンドン
ポピュラーミュージックを語る上で、(そうじゃなくても)誰もが知っているであろう場所、イギリス。
正式名称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(UK)だ。
イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの国から構成されているのが「イギリス」であり、その中心的ポジションに立つのがイングランドというわけか。
イギリスはひとつの国ではなく、4つの国の連合体でなっている…。
そうやって考えるとラグビーなどで、「スコットランド」、「ウェールズ」、「イングランド」っと分かれるのはそういう事なのだろう。
その国その国に、スポーツ組織があるわけであり、地理的に見れば国同士の連合なのだから。
奥の深さを感じてしまう「イギリス」。
そして、イギリスの首都、正確に言うならばイングランドの首都にもあたる「ロンドン」。
シャーロック・ホームズのベーカー街、ロンドンのノッティングヒルで始まる恋の物語、ユアン・マクレガーの出世作「トレイン・スポッティング」や、ジェームズ・ボンドの矜持を見せつけた「007/スカイ・フォール」、バッキンガム宮殿に関連した「エリザベス」そして王室関連の作品、ジョー・ストラマーの声と裏打ちされたビートが耳に残るザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」などなど、ぱっと思い浮かべてみてもその地を経由した芸術的作品など、当たり前かもしれないが多いものだ。
そんなロンドンの中心を流れるテムズ川の南側、その場所の事を「サウス・ロンドン」と言い、文字通りロンドンの南側を指すそうだ。
調べてみるとナイトクラブや、ミュージック・バーなどがあり、芸術大学の存在や家賃の安さからカルチャー好きの若者達が集まる場所にもなっていたらしい。
2012年のロンドン五輪に対応するための都市開発でロンドン中心部へのアクセスがよくなり、それと同時にカルチャーも盛り上がり、交通の便が良くなった結果、交流が盛んになり現在の音楽シーンで「サウス・ロンドン」というのが、そのような背景のもと育まれ、1つのトレンドのような感じにもなっているそうだ。
トム・ミッシュ
トム・ミッシュ
賑わいを呈しているサウス・ロンドンの音楽シーンから生まれたシンガー・ソング・ライターであり、ギタリスト、ビートメイカーの側面を併せ持つミュージシャン。
1995年6月25日にロンドンで生まれる。
父親が精神科医でありバイオリニストであった事から、幼い頃からオペラやコンサートを観劇していたそう。
4歳の時にバイオリンを習い始めて、小学校では聖歌隊に加入する。
9歳の時に姉から譲り受けたギターを独学で始め、レッド・ホット・チリ・ペッパーズや、ニルヴァーナの曲を弾いていた。
父親の英才教育の影響や、ロック的な音の造形などは幼い頃から培われてきたものなんでしょうね~。
15歳の時に姉の彼氏さんから教えてもらったというヒップ・ホップアーティスト、J・ディラの音楽との出会いが1つの契機になり、ディラの「ビート」に魅了されてビート・メイキングに勤しむ時期もあったそう。
ギタリストとしては「現代の三代ギタリスト」の1人とも称されるジョン・メイヤ―に影響を受けて(ちなみにあと2人はジョン・フルシアンテとデレク・トラックス)、ジョン・メイヤーのビデオを見たりなどして練習していたそうだ。
2014年にビート集「Beat Tape」を発表し、2015年にはその続編である「Beat TepeⅡ」をリリースしその名を広く知られる事になる。
「Beat TepeⅡ」ではプロデューサーとしての立場を高め、その立ち位置は自在である事を知らしめた。
ソウルやジャズなどの音楽の影響も受け、ディスコ・ミュージックにも造詣深く、まさにマルチな才能を持つソング・ライター。
ジオグラフィー
そんなトム・ミッシュが2018年に発表したファースト・フルアルバムが「Geography/ジオグラフィー」
ジオグラフィーとは地理学や地理の事を指すそうで、トムいわく「アルバムでは様々なジャンルを打ち出しているので、サウンドがインターナショナルという点や、自分が地理学に興味があるからというのも…。」っという理由でこのタイトルにしたそうだ。
経歴を追いかけてみた通り、様々な視点を持ち合わせて音楽に取り組んでいるトム。
ジオグラフィーは、まさしくこれまで自らが培ってきた音楽に対する情熱を注いだものとも言える。
アルバムのジャケットが示すようにどことなく宙に漂うような、浮遊感を漂わせて、極めて透明で、極めて寄り添うような優しさを兼ね備えている。
そこにはジャジーなおしゃれ感も含めて、甘さを凝縮したようなトムの透き通るトーンのギタープレイが聴く者の心に寄り添ってくるように思う。
都会での夜の一コマにピタリとハマりそうな感じか。
ゆったりとしたメロウさに、アーバン的な洗練さを醸しながらも随所随所でビートを効かせて、体が横に揺れるかのようなリズムを刻んだ曲もあり、クセになる。
トムがJ・ディラの音楽に出会ったことで、「90年代のブーン・バップ的なヒップホップ」を追求していたこともあり、楽曲の一つ一つにしっかりとドラムスのビートが刻まれるのが1つの特徴とも自分は感じる。
ちなみにブーン・バップとは調べてみると、1990年代のヒップ・ホップなどに見られる、太いドラムスを中心としたサンプリングによるビートのことだそうだ。
そういったこともあり、クリアで浮遊感を漂わすような中でもビートが曲の骨格を肉厚なものにしている効果があり、それがメリハリを生んでいるのであろう。
キックの腹に響くような音が体の芯に響き、タムなどの、多分電子の力を借りた連続で繰り出される「チッチッチ…」というようなニュアンスがクセになり、宙に浮きそうな気持をしっかりとビートで地に足をつかすような感じか。
なので聴いていて非常に心地良い。
その心地良さはクリアなニュアンスと、ビートの刻んだノリの良さを同居させた、バランス感覚に優れた作品だと言えよう。
まあ、あくまでも個人的な意見ですが💦
そしてトムのギタープレイもそうだが、曲に関わる全ての楽器の音が非常に立っていて、その個性を上手く伝えているような気がする。
そう、どの楽器もメインで聴かせてくれ、ある楽器の脇役的な役割とかではなく、全てが主役なのだというトム・ミッシュの意思みたいなものが感じられる。
その全てが上手い具合に混在し、1つの曲で様々な表情を感じさせてくれ、かつ心地よさを演出してくれるものになっているようだ。
きっと自身がプロデューサー的視点も持ち合わせているからだろうか。
自身の歌声やギタープレイだというプレイヤーの視点だけではない、いかに一つ一つの音を際立たせるかを考え抜いたような作品なのだろう。
きっと。
作品の表ジャケットのアートワーク、ある意味自らの作品がどのようなものかを表す、アートワークには明るい陽のトムと、陰のトムが描かれ、中央に挟まれた星空のような空間が目に入るジャケットだ。
作品に含まれた明るい部分や、少し陰、ニュアンスとしては安らぎのような両面をトムが表現し、星空や宇宙を想起させるような世界感でもって掴んでいる…とでも言えようか。
もしくはそんな星空のキレイな夜に聴いていても似合うような、グッド・バイブレーションに満ちたアルバムだよっというメッセージなのかもしれない。
まあ、自分の見解はいいとして素晴らしい作品であるのは間違いない。
アルバムは日本盤ではボーナストラックを2曲含む15曲の構成になっている。
少しだけ自分の好きな曲紹介を…
収録ナンバー(一部)
①のインストナンバーでドラムスティックを持つ音や、キックの音の確認から始まり、極めてクリアなトーンで奏でるギターソロと、それを支えるドラムスのビートを主軸にしたインストナンバー「ビフォア・パリズ」を挟み、ゴールド・リンクをフィーチャーした②のナンバー「ロスト・イン・パリズ」。
潤いと洒脱感を与えてくれるトムのギターフレーズと、サラッと歌う声が印象的なナンバー。
やはりバックのドラムが繰り出すビートがクセになる。
電子的な「チッチッチ…」って音がまた作品にアクセントを加えているんですよね。
出過ぎない感じのゴールド・リンクのラップも都会的で印象に残ります。
以前「GOOD MUSIC」の記事でも取り上げたナンバーで③の「サウス・オブ・ザ・リバー」。
曲はアルバムの先行シングルとして発表され、サウス・ロンドンのトリビュートとなっている。
二つ目のバイオリンの音色を強調したオープニングで既に心を奪われた好きなナンバー(笑)
カッティング・ギターや、ハイハットやキックのリズム、ベースのラインがうねりを生んで、良いノリの良さを生んでいる。
本当に一音、一音きっちりと立っていて心地いいアップテンポなナンバーです。
④曲目の「ムービー」。
女性の声が聴こえ、プラットホームのサンプリングが響きわたる序盤から「戻ってきてくれ、僕の元に」と囁くようにして歌うメロウなナンバー。
憂いを帯びたギターフレーズが耳に残り、どことなく哀しさを漂わせながらも優しさも帯びている。
そのメロディ・ラインは極めて優しく、夜の時間などに聴いても心地良さそう。
最後の方で聴こえてくるピアノが叙情さを増している気がする、ネオ・ソウル的な好きなナンバーだ。
⑥曲目の「イット・ランズ・スルー・ミー」。
ソウルやファンク、R&B色を感じ、生まれる独特のグルーブが体を揺らせてくれる。
ハイハットのリズミカルに鳴らせる音や、ギターのフレーズにカッティング、ここぞとばかりに入ってくるベースがリズム感を演出してくれ、ひたすら心地よさを生んでくれ、フィーチャリングされたデ・ラ・ソウルのラップから放たれる韻のリズミカルさも好きだ。
ちなみに曲が終了して次に繰り出される⑦曲目は、スティービ―・ワンダーの「イズント・シー・ラブリー」。
なのでこの流れはアルバムの中でも一番好きな部分かもしれません。
ディスコ・ナンバーに深い愛情を感じる⑧曲目の「ディスコ・イエス」。
トム・ミッシュ流のディスコ・ナンバーはどこまでもオシャレであり、聴き心地の良さを生んでくれる。
70年代のファンク的なヴァイブも感じさせてくれる。
この曲でトム・ミッシュとコラボし、ヴォーカルを取るポピー・アジューダ。
彼女もサウス・ロンドンシーンのジャズ・シンガーであるらしく、凄く印象に残るコクと洗練さを感じさせる良い歌声されてますよね~。
日本盤のボーナストラックに含まれる⑭曲目の「フォロー」。
ジャジーでサックスや、シンプルながらも特徴的にしてくれているドラミング。
あくまでもヴォーカルを引き立てるギタープレイなどセッションから生まれたようなライブ感さえ感じる、静かな夜に一人聴きたくなる好きなナンバーだ。
以上、長々とアルバムの魅力を自分なりに語ってみました。
最後に
他にも魅力的なナンバーばかりで、曲から生み出されるリズムや、心地よさ、そしてビートは秀逸だと思います。
トム・ミッシュはちなみに2023年の11月にはダンス・ミュージックに焦点を充てたプロジェクト「スーパー・シャイ」を立ち上げ、アルバムもリリースしている。
本当に色々なジャンルに情熱を注ぎ、トム・ミッシュのフィルターを通して繰り出される音楽は、聴き心地がよくおススメでもある。
今後トム・ミッシュのマルチの活躍を期待せずにはいられない。
記事を最後まで読んで頂き誠にありがとうございます!