月村了衛「半暮刻」
まず、私は月村氏の小説はこの一作しか読んだことがない。そのため本記事でも作品間に通底するテーマは説明はできない。了承願いたい。
話としては、翔太と海斗という二人の青年が主人公。二部構成で、第一部が「翔太の罪」、第二部が「海斗の罰」と題されている。この二人の対照的な人生を扱う「社会派」の小説である。
あらすじ。翔太と海斗は城有(しろあり)という半グレの男の経営する風俗店「カタラ」―ギリシャ語で「呪い」/宝にも通じる―のホストとして働く。
彼らは女性に多額の借金を負わせ、風俗店―隠語で「F」と呼ばれる―に落としていく。彼らに罪悪感はない。マニュアルに従うこと、城有の元で働くことに喜びさえ覚えている。
翔太と海斗のコンビは「カタラ」で順調にナンバーワンに昇格していくが、その後、翔太一人が逮捕されてしまう。
ここから翔太と海斗の人生は分かれていく。
出所した翔太はヤクザの一門に入る。その後仙貝というヤクザの紹介でデリヘルドライバーとして働き、実直な仕事ぶりから店の女の子の信頼を勝ち取るが、とあるきっかけから過去がばれ結局は信頼を失う。
しかし翔太はその後デリヘル嬢の沙季と出会う。そして沙季の読んでいたモーパッサン「脂肪の塊」を読む。
それをきっかけに翔太はディケンズ「オリヴァー・ツイスト」、スタンダール「赤と黒」―次々と小説を読み、沙季との関係も深まっていく。ついにはヤクザも辞め、印刷業者として働く。翔太は沙季と結婚し、子どもまで授かる。
―説明がややこしくなるため省いたが、翔太と海斗はその生まれからして対照的である。
翔太はネグレクトの両親のもとで生まれた後児童養護施設で育ち、弟を見殺しにしたという罪の意識に苛まれている。職は印刷業であり、それも正規雇用ではない。
片や海斗の実家は金満家であり、G大からアドルーラー―イメージとしては「電通」があるだろう―という広告会社に勤める。
第二部の内容は説明が難しいので大きく省略する。しかしSNSから憲法改正、利権、会社の内部組織を保つことが社会正義より重んじられる歪さ―それが広告会社アドルーラーに勤める海斗の視点から語られていく。彼には一切の良心がない、というより、社会的弱者を「努力が足りない」という一語で片付け、彼らの現状を自己責任にすり替える論理が働き続ける。
第二部結末、翔太と海斗は再び出会い、言葉を交わす。だが海斗は改心しない。この結末は良かった。ここで読者にカタルシスを与えないのは、作品として正しい終わらせ方だと思う。
自民党は不正な裏金を使い、新興宗教団体と関係を持ち、国政を歪めてきた。日本テレビと芦原妃名子さんの件、電通の高橋まつりさんの件、社会的に強者に当る団体、組織が個人を押し潰す仕組みは未だに続いている。
また、この前も群馬県の朝鮮人追悼碑が「そよ風」という右翼の、それも歪んだ価値観を持った組織の運動によって撤去を命じられた。
自民党の松野元官房長官は朝鮮人虐殺は政府の公式記録にないと答弁し、小池百合子都知事は朝鮮人虐殺の追悼文を送らない。
このような苦しい時代に対する応答として、「半暮刻」は優れた小説である。できれば読んでくれると嬉しい。
追記:久しぶりの記事で読みにくかったと思う。「半暮刻」は非常に多くの要素を含む小説だから取りこぼした内容もきっとある。
ぜひ直接読んでくれると嬉しい。