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『岸部露伴 ルーブルへ行く』/「だが、断る」がない露伴なんて、…!(映画感想文)

荒木飛呂彦のマンガは「発明」に近い。
強い力を持った敵が現れ主人公と戦う、…のではなく、奇妙な現象を引き起こす謎の能力を持った相手が現れ、その現象とどう対峙するかが軸になっている。「勝ち負け」の決着をつけることで推進するのが常だった物語は、荒木の手にかかると解体され、ベクトルが一直線ではなく複層だったり歪んでいたり、進まなかったりもする。

だが、合理的でなく不条理なだけのキャラクターを出したり、怪奇な現象に主人公たちが巻き込まれたりするだけなら、それは荒木の専売特許ではない。古くはSF小説のなかに、広くはホラー映画やマンガのなかにそれは見られる。荒木のマンガを「発明」だと思うのは、不可思議なその現象を「対戦」の枠組みのなかに落とし込んだところだ。
もしかすれば作者本人は「結果としてそうなっただけですよ」とおっしゃる気もするが、…。ジャンプから生まれただけあって「対戦」は捨てられない。しかし強いだけの相手を出せば物語はインフレを起こす。そこで強さではないところで競い、決着をつける形にしたら、なぜかこうなった、…のかも。それであれだけおもしろく、バリェーションも豊富なのだから、やっぱり天才だ。

『岸部露伴 ルーヴルへ行く』(23)を観てきた。
原作は荒木飛呂彦だが、大きくアレンジされているらしい。らしい、というのも僕は原作未読。
NHKのテレビシリーズは観ている。劇場用長編映画として作られた今作の脚本は小林靖子。NHK版横溝のなかでもっとも素晴らしかった『犬神家の一族』の脚本も手掛けている。先行する作品群を軽々と飛び越える難度の高い神業を見せてくれた。岸部露伴のテレビシリーズの脚本もこの方。監督も、岸部露伴のテレビシリーズ演出を手掛け(一作では脚本も書いている)ている渡辺一貴。ファンとしてはこれ以上ない布陣なのだが。
…結論からいうと、かなり残念だった。

荒木のマンガやそれを原作とした作品に僕が一観客として求めているのは、先に書いたような「不条理さ」だ。それを「対戦」形式のドラマに持ち込むことで起こる「不条理さへの合理的決着」という、言葉の上ではかなり矛盾した展開なり雰囲気なりである。
物語は、謎の黒い絵の謎について探る、というベクトルで進む。
しかし、過程で起こることはわりと「普通の恐ろしい」出来事でしかなく、絵の謎も種を明かせば、かなり手垢に塗れた過去の因縁モノの域を出ない。荒木飛呂彦の原作自体がそうなのなら、それはそれで残念だが、よしんばそれでも映画にするなら、荒木の魅力を客観的に知るものたちがそのテイストをオリジナルで作り出せばいいと思う。しかしディティールに凝りながらも、出来上がった作品は既視感のある「呪われた絵」の話でしかない。
『岸部露伴』の看板を背負いながら、これでいいのか?
 という思いが拭えない。

原作内のキャラクターとしては(多分、荒木先生は好きなんだろうな、と思いながらも。ご自身は、作家自身の投影と思われがちだが違います、とどこかでおっしゃっていたが)僕は岸部露伴という人物が、あまり好きではない。面倒くさいからだが、しかし高橋演じるNHK版は好きだ。
なぜか。
高橋の口にする、「だが、断る」が嫌味でないからだ(と思う)。
岸部露伴の魅力は、大変生意気な人物が、奇妙で条理を越えたなにものかに屈しそうになりながらも、ただ意地だけで、従うことをよしとせず結果としてなんとか乗りきってしまうところだ。彼が立ち向かうのは正義や愛のためではなく、その原動力は自尊心と負けず嫌いの情熱だけだ。
高橋一生はその普通ならネガティヴにも面倒にも受け取られかねない負の情熱の出し具合がほどよい。変に気合いを入れていうこともない「ヘブンズドア」のつぶやきっぷりも、原作の露伴よりはるかに上品でカッコいい。自身の持つスタンド能力に対してさえ、やや醒めた目で見て冷静に分析していそうなところもいい。
ところが『岸部露伴 ルーブルへ行く』の最大の欠点は、この「だが、断る」を口にするシチュェーションがこの映画にはないのだ。
なんでっ!? ただピンチに陥ったなかで「ヘブンズドア」といわれても、それじゃ魅力が伝わらないやんけ。常軌を逸した負けず嫌いの露伴ちゃんが、プライドをかけて「だが、断る」という状況を作り出してくれないと、…!
製作チームが、露伴をその状況に置けなかったところに魅力が発揮されなかった理由があると思っている。観終わって抱えたのは、キャラクターのもっとも魅力を活かしたシーンを用意できない脚本って、何なん?! という不満なのだった。小林さん、…あなたなら高橋/露伴の素敵さを熟知していた筈なのに、なのに、…(テレビシリーズ第一話の『富豪村』はその点において最高の一作)。

露伴の若かりし頃を描く、というところに主眼をおいたのなら、『ハンニバルライジング』(07)じゃないんだから、発想が古過ぎるよ、…。それでファンが満足するとでも?

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