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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜㉖ 『晴れ、のち雨』

 六月の末、彼からLINEがきた。 

「来週、いつもの場所で待ってる」 

 わたしの都合を聞きもしないで、そんな風に誘ってくる所が、いかにもあの人らしい、とわたしは思った。そういう強引さを、出会ったばかりの頃、わたしは〝男らしさ〟だと勘違いしていた。いまとなっては、ただ鼻につく身勝手さにしか思えない。 

 わたしは返信をせず、既読もつけなかった。何度も電話が掛かってきたけど、それに応じることもせず、彼を頭の中から追い出し、ただ仕事に没頭した。しようとした。けど、服飾関係の仕事をしているわたしは、大事なお客様からのオーダーメイド品の縫い方を間違えてしまうなど、どうしようもないミスをいくつもしてしまった。 

 ずっとそばにいた時には気がつかなかったことが、離れてみて初めて分かるってことがある。わたしの場合、彼の良い所よりも、短所が多く目についた。ただそれだけのこと。あるいは物理的な距離によって、なにかしらの認知バイアスが作用しただけなのかもしれない。人を好きになったり嫌いになったりするのって、結局その程度のことなのかもね。 

「この関係をきちんと終わらせなくてはならない」。だから彼に会いに行って、ちゃんと伝えよう。わたしはそう決意した。 

 そう決意したとたん、気持ちが軽くなって、わたしの売りである、丁寧な仕事ぶりが指先に戻ってきた。 

 

 その日の夜は、よく晴れていた。 

 待ち合わせ場所の川辺につくと、彼がいらだたしげに、ひっきりなしに煙草を吸っている姿が見えた。わたしを見つけた彼は、吸っていた煙草を川に投げ捨てた。じゅっと、川面がたてる音をわたしは聞いた。それから、火が消えたことで、まるで命をなくしたかのように流されていく吸い殻をわたしは見た。 

 視線を彼に移す。彼はにやっと笑ってわたしを見ていた。 

「よう」 

 わたしはその言葉になんの反応もしめさない。 

「会いたかったぜ」 

 うそつき。彼が会いたかったのはわたしではなく、わたしの身体。 

「話があるの」 

「話ならあとでいくらでも聞く」 

 そう言って彼は無理矢理わたしを抱き寄せた。 

「ちょっと、やめて!」制止も聞かず、彼は自分の唇をわたしの唇におしつけた。煙草と、牛の糞がまざりあったような不快な味がした。 

「やめてって! はなしてよ!」 

 わたしは全力で抵抗して、彼に平手打ちをした。 

「おー、いててて、暴力はいけないなあ」と彼は大仰に左頬をさすりながらにやにやして言った。 

「わたし、もうあなたのこと愛していないの!」 

 それを聞いて彼は真顔になった。 

「相手はだれだ?」 

「え?」 

「他に男がいるんだろ? 相手は誰だよ」 

 わたしは目を半周させて呆れる。 

「そういうことじゃないから」 

「なあ、俺が今日までどれほど寂しい思いで過ごしてきたか、この日をどれほど待ち望んできたか。お前だってそうだろ?」 

「わたし、今日はここにさよならを言いに来たの」 

「つれないこと言うなよ。せっかく会えたんだ、思いっきり楽しもうぜ? もういっぺん俺たちの熱いキスをみんなに見せてやろう。な? みんなそれを見たがってるんだよ」 

 彼がわたしを押し倒した。両手首をがっしりと掴まれ、身動きがとれなかった。なにもかもが嫌い。彼のことも、彼を一度だって愛した自分自身さえ。わたしは、力いっぱい叫ぶ。 

 その瞬間、ぶ厚い雲がものすごい速度で空を覆いかくし、大雨が降ってきた。 


「東の空を見てごらん。ひときわ明るいあの星が、こと座の「ベガ」。あれが織姫だよ。それからわし座の「アルタイル」。あれが彦星さ」 

「へえ。ねえ、織姫と彦星って、どうして七月七日にしか会えないの?」 

「それはだね、織姫ってのは偉い神様の娘で、神様たちが着る服を織る仕事をしていたんだ。あまりに仕事熱心で恋人も作らないものだからお父さんが心配してね、それで真面目な牛飼いの青年、彦星を紹介したんだ。すると二人はたちまち恋に落ちて結婚。したのはよかったんだけど、ずっといちゃいちゃしてるのが楽しくって、二人とも仕事をサボりはじめたんだ。新作の服が出来てこないから神様たちの服はどんどんボロボロで時代遅れになっていくわ、牛たちはやせ細っていくわで織姫のお父さんが怒っちゃってね。二人を離れ離れにさせたんだよ。真面目に働くなら一年に一度会わせてやるって約束でね。それが七月七日ってわけさ」 

「ふうん。別にいいじゃんねえ。好きな人とずっといちゃいちゃしてる時期が人生で一度はあるべきよ」 

「その通りだね。ちなみに、織姫の「ベガ」と彦星の「アルタイル」、それにあの、はくちょう座の「デネブ」をくわえると夏の大三角形さ」

「え、じゃあ、なに、織姫と彦星と、もう一人誰かいて三角関係なの?」 

「はは、それはどうかな」 

「あれ、なんかどんどん雲が出てきたよ」 

「本当だ。わ、雨が降ってきた」 

「えー、かわいそう。あの二人は今日しか会えないのに!」



・曲 桑田佳祐「ベガ」


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが僕の書いたショートストーリーを朗読してくれています。
上記は7月7日放送回の朗読原稿です。

七夕放送回っちゅうことで、七夕のお話にしましたが、僕はこの度初めて織姫と彦星の伝説がどんなお話なのか知りました。知っているようで知らないことってたくさんありますよね。

来週も朗読ありますのでよろしければ聞いてみてください。

朗読動画も公開中です。

SKYWAVE FMは下記サイトで聞けます。


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