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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜③ 『馬の娘』

 わたしの父は、当代随一のサラブレッドだった。そしてわたしの母は、絶世の美女と謳われた人気女優だった。
 つまりわたしは、馬と人間の混血というわけだ。そのような境涯にある者が、これまでどんな人生を歩んできたか、多くの人が興味を持つ所だと思うけど、それは他の場に譲るとして、わたしがこれから語るのは、どのようにわたしが生まれたか、すなわち、父と母のラブストーリーである。

 年末も押し迫り開催された有馬記念。日本中の競馬ファンが中山競馬場に駆けつけた。そこで二人は出会った。父は断トツの一番人気の馬としてレースに出場し、母は人に誘われ、競馬場の貴賓室から、あまり気乗りしないままレースを眺めていた。
 レース終盤、最後の直線。父は王者の風格をたたえ、先頭を駆けていた。いつもはそんなことはないのに、その日の父は客席から何かを感じた。ちらりと視線を気になった方へ向けた時、父は母を見つけ、その美しさに見とれた。

「衝撃が走ったね。時が止まったみたいだったよ。生き馬の目を抜くとはまさにああいうことを言うんだ」
 お酒に酔うと、父はいつも二人の出会いをそう話した。

 客席に気をとられた瞬間、父の走力はわずかに落ちた。それに気づいたジョッキーがすかさず父の脇腹を蹴り上げ喝を入れた、が、時既におそし、後続のライバルに追い抜かれレースは終わった。
 外れ馬券と罵声が舞う中、父はふり返り貴賓室を見上げたが、そこに母の姿はなかった。まぼろしでも見たのだろうか、と父は思った。

 その晩に催された打ち上げパーティーで二人は再会する。母はシャンパングラスを片手に父のそばにやって来た。
「あなたの走り、美しかったわ」そう言って母は父の首筋を優しく撫でた。間近で見る母の美しさと彼女の手の柔らかさに父はブルブルっと鼻を鳴らしてからこう言った。

「乗ってみるかい?」

「わたし、乗馬なんてしたことないわ」

「簡単さ」

 この時父4歳、母23歳だった。

 父は係の者に鞍を持ってこさせ、装着させた。母はゆっくり鞍にまたがり、二人だけでこっそりパーティー会場を抜け出した。

「わたしの人生で最もロマンティックな夜の一つだったわ」と母は話す。

「街行く人が呆然とわたしたちを見上げていたけど、そんなの関係なかったの。この世界にはまるでわたしと彼しかいないかのような気分だった。寒くて風邪引いちゃったけどね」

 そうして二人は恋に落ち、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。と、上手く行かなかったのは二人が未来を嘱望された人気者同士だったから。
 父の馬主も、母の芸能プロダクションも、二人の関係に猛反対した。
 けれどもどんな反対意見も馬の耳に念仏で、二人は自分たちの愛を信じ、愛を貫いた。やがて母はわたしを身に宿し、その結果、二人はそれぞれの業界から永久追放され、父と母は北海道に移った。

 父は北の大地で身分を隠し馬車馬のように、というか、馬車馬として働き、日々観光客を引っ張った。
 休みの日に父はよくわたしと母を乗せ、広い北海道の大地を悠然と歩き、時折なにかに向かっていなないた。
 生まれた時から一等になることを義務付けられていた父にとって、誰とも競い合わなくていいこの静かな日々は、心から安らぐものであった。

 しかし。わたしが九歳の頃、父は酒気帯び運転の乗用車と接触し、命を落とした。わたしと母は悲しみに暮れ、途方に暮れた。それでもわたしたちは、父への愛を胸に、一歩一歩あゆんで行った。
 わたしは父のように速くは走れないし、母のような美貌の持ち主でもない。子供のころから「馬の娘」と馬鹿にされていじめを受けたこともあったし、自分の境遇を恨むこともあった。

 わたしが両親から受け継いだものを一つあげるとするならば、それは自分の信念を貫く意志の強さなのかもしれない。父のレースも母のお芝居も、わたしは実際に見たことはないけれど、自分たちを信じ勝ち得た北海道での日々ほど輝いてはいなかっただろう。
 わたしは、父を愛し、母を愛し、そして両親はわたしを心から愛してくれた。それだけで、誰に何を言われようとわたしは自分を信じることができた。

 

 生前父がよく言っていた言葉を思い出す。「人間万事塞翁が馬」。

 あれだけ呪った自分の出自をわたしは今では武器にして、「自分らしく生きる」インスタグラマーとして活動し、五百万人のフォロワーの皆様に支えられている。

 もしもわたしがどんな見た目か気になるようだったら、是非インスタをチェックしてみてください。

 すくなくともケンタウロスのように単純ではないことだけは言っておくのであしからず。



曲・ウマ娘「ユメヲカケル!」


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」にてパーソナリティの東別府夢さんが僕の書いたショートストーリーを朗読してくれています。上記は1月20日に放送回の朗読原稿です。

どんなゲームなのか良く存じ上げずに、ただただ流行にあやかりたいが為に斯様な話を拵えてしまいました。
ティム・バートン氏に映画化してもらいたい所でありますな。

来週も朗読ありますのでよろしければ聞いてください。

SKYWAVE FMは下記ホームページで聞くことができます。


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