ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜⑨ 『ゆめちゃん、はじめてのおつかいにいくの巻』
ついにその日がやって来た! ゆめちゃんはおかあさんにはじめてのおつかいをたのまれたのです。
牛肩肉、じゃがいも、にんじん、キャベツ、タマネギ、にんにく、ビーツの缶詰、サワークリーム、ローリエ。
ボルシチを作るざいりょうをゆめちゃんはたのまれました。
「いってきます!」ゆめちゃんは商店街にむかいました。商店街へ行くためには、森をぬけなくてはなりません。
ゆめちゃんが森のなかを歩いていると、クマのおじいさんがきりかぶの上にこしかけていました。
「クマのおじいさん、こんにちは」
「やあ、ゆめちゃん、こんにちは」クマのおじいさんはぼうしをあげてあいさつしました。
「わたしね、これからおつかいにいくの」
「ほう、おつかいかね、それはえらいねえ」
ほめられてゆめちゃんはモジモジしました。
「すまないが、ゆめちゃん、ワシのおつかいもたのまれてくれんかね? 自分でいくべきなんだが、ここのところ足がいたくてかなわんのだよ」
「うん、いいよ!」
「ありがとう。ではおねがいしよう、あそこの商店街でハチミツをかってきてほしいんじゃ。アカシアの花からとれたハチミツをたのむよ」
「うん、わかった」
ゆめちゃんはクマのおじいさんとわかれ、森をすすみました。
するとこんどは、サルのおじさんが木のうえからひょいと顔をだしました。
「やあ、ゆめちゃん、こんにちは」
「おサルのおじさん、こんにちは。わたしこれからおつかいにいくの」
「そりゃあ感心だな。えらいねえ」
ほめられてゆめちゃんはモジモジしました。
「おじさんもなにか買ってきてほしいものある?」
「え、いいのかい? じゃあバナナを買ってきてくれるかな? いま手がはなせなくてね。あ、そうそう、フィリピン産じゃなくて、エクアドル産のバナナをたのむよ」
「うん、わかった」
ゆめちゃんは森をぬけ、商店街にやってきました。八百屋にいき、エクアドル産のバナナを買い、また森へいきました。
「どうもありがとう、ゆめちゃん」サルのおじさんは大よろこびでお礼を言い、バナナを一本くれたので、二人でいっしょに食べました。
ゆめちゃんが帰ろうと森をすすんでいくと、きりかぶにすわったクマのおじいさんを見かけ、いそいで商店街の方へひきかえしました。
「いけない、いけない。クマのおじいさんにもおつかいをたのまれていたんだった!」
商店街のハチミツ屋さんで、アカシアの花からとれたハチミツを買って森へもどりました。
「どうもありがとう、ゆめちゃん」クマのおじいさんは大よろこびでお礼を言い、ハチミツをすこしわけてくれたので、二人でいっしょに食べました。
「いまじゃあどこでもハチミツは手に入るけど、むかしはそんなことなかったんじゃよ、ワシらが若かったころは……」はなしが長くなりそうだったので、ゆめちゃんはてきとうに切り上げ、「クマのおじいさん、またね」とうちに帰りました。
うちに帰り、おかあさんのかおを見たしゅんかん、ゆめちゃんはボルシチのざいりょうを買ってくるのをすっかりわすれていたことに気づいたのです!
ゆめちゃんは泣きだしてしまいました。
「どうしたの、ゆめちゃん?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、おかあさんにたのまれたもの買ってくるの忘れちゃったの」
「まあ、ひとつも買ってないの?」
ゆめちゃんは泣きながら、こくりとうなずきました。
「こまったわねえ」
するとそこに「ごめんください」とお客さんがやってきました。クマのおじいさんとサルのおじさんの奥様たちでした。
「ごめんなさいね、さっきウチの人がゆめちゃんにおつかいをたのんだみたいで、どうもありがとね」
「ウチの人もなんですよ。さっきキツく言っておきましたから」
そう言ってふたりはお礼にと、クマの奥様はシャケをまるまるいっぴき、サルの奥様はカゴいっぱいの野菜やくだものをくれました。
「ゆめちゃんはほんとうにえらいわねえ」と二人は口をそろえて言って帰りました。
おかあさんはゆめちゃんのところへきて、
「ゆめちゃん、あなたはなんていい子なの」と言ってギュッとだきしめました。
ゆめちゃんはすっかり泣きやみ、こんどはおかあさんが泣いていました。
「おかあさん、どうして泣いているの?」
「それはね、ゆめちゃんがいい子だから、おかあさんうれしくて泣いているのよ」
「うれしいと泣くの?」
「そうよ、人はかなしいときだけじゃなく、うれしいときも泣いちゃうのよ。だからゆめちゃんもね、そういう涙をたくさん流しなさい」
「うん。……おかあさん」
「なに?」
「わたし、えらい?」
「うん、とってもえらいわ」
ゆめちゃんはうれしくなって、おかあさんの胸にかおをうずめました。もう泣くのをがまんしなくてよかったのです。からだいっぱいにおかあさんのぬくもりを感じながら、ゆめちゃんはこう思いました。
「今日はみんながほめてくれた! なんていい日だろう!」
・曲 井上あずみ「さんぽ」
SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが僕の書いたショートストーリーを朗読してくれています。
上記は3月3日放送回の朗読原稿です。
絵本のような雰囲気で書いてみましたが、改めて読んでみると、少女が大人たちのために奔走する様は、少子高齢化社会を表しているようで、実は社会派作品なのではないかと思った次第であります。
来週も朗読ありますのでよろしければ聞いてみてください。
SKYWAVE FMは下記ホームページで聞くことができます。
・SKYWAVE FM
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