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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜㉚ 『睨む客』

「舞台女優やってます」なんて言うと、時々こんなことを聞かれる。

「やっぱり、劇場ってさ、……出るの?」わざわざ胸元で手をだらりとさせて、お決まりのポーズを取る人もいる。

 ま、たしかにそういう話は聞いたことがある。たとえば、ある演出助手の男の人から聞いた話。

 その日の公演がはねて、みんなが帰ったあと、彼は楽屋を片付けたり、戸締まりの確認をしてたらしいの、そしたら、ステージの方から誰かが踊るステップの音と笑い声が聞こえてきたので行ってみると誰もいなかった。とか。

 あと、これはわたしの友達が二人芝居をやった時の話。終演後に、見に来てくれた人と話をしていたら、その人がこう言ったんだって。

「とってもよかったよ。でも、ちょっと分からないことがあったんだ。二人芝居って聞いていたのに、舞台の奥にずっと突っ立ってた三人目の男の人、あれはどういう意味?」


 で、わたしはっていうと、実は一度だけそういう経験をしたことがある。

 数年前に出演した舞台での話。わたしを含めて出演者が六人いる芝居で、その内の一人だったある男の役者、ここではMって名前にしておく。Mってのはまあ、芝居はうまくはないんだけど、とにかく綺麗な顔立ちで、女の子のファンが多くて小劇場界隈では名の知られた役者だったの。でも、彼の女癖の悪さも同じくらい有名で、共演者とかファンにすぐ手を出してたみたい。

 ま、わたしは彼のこと全然良いとは思わなかったし、幸い彼も自分になびかないわたしみたいなタイプには手を出してこなかった。ああいう男ってさ、嗅覚がすごく優れているよね、感心しちゃう。

 ええと、なんだっけ、そうそう、その舞台の初日でのこと。

 公演が終わって、お客さんとの面会の時間でのことなんだけど、Mと話したくて待ってる女の子たちがいっぱいいたのね、一人だけ輪を離れて見ている女の子がいて、その子は結局Mからは相手にされず帰っちゃったの。

 次の日は夜公演だけで、夕方Mは青白い顔して楽屋に来て、いつもの饒舌ぶりはどこかにいき、なんか落ちつかない様子だった。

 ま、飲み過ぎだろうって誰も気にしなかったけど。

 その公演でのこと。

 わたしは舞台に上がってすぐに気づいた、と、いうより感じた。客席から向けられた強烈な視線を。意識を芝居に集中させようと努力していたんだけど、ついその視線の送り主の方に気が逸れたの。

 じーっとわたしを睨みつけている女が客席に座っていた。

 しかもその女、わたしが舞台の上手から下手に動く時、わざわざ首を動かしてわたしの動きを追って睨み続けてきた。

 でもすぐに気づいた。あ、昨日Mに相手にされずに帰った子だ、ってね。もしかして、あの子、わたしとMの間に特別な関係があるとでも思っているんだろうか? わたしを恋敵とでも? それって結構心外。っていうか、そんな思い込みだけで人が一生懸命やってるお芝居を邪魔してくるって、超迷惑なんですけど。ってそんなこと考えてたら台詞は飛ぶは、段取り忘れちゃうわ、最悪だった。それが共演者にも伝播したのか、みんなグダグダになっちゃって、本当、あの回を見に来てくれた人には今でも申し訳なく思ってるくらい。

 カーテンコールの時、わたしその女に睨み返してやろうって思ってたんだけど、もういなくなってた。

 楽屋に戻って、みんなに謝ろうとした時だった。共演者の女の子が言った。

「みんなごめん! なんかさ、わたしのことすっごい睨んでくるお客さんがいて、集中できなくて台詞とばしちゃった。なんなの、あの女!」

「え?」っとみんなの視線が彼女に向いた。

「あたしも」「俺も」「僕も」「わたしも」。みんな固まった。

 女の特徴、座っていた場所。すべて一致した。でも、どういうこと? 絵や写真じゃあるまいし、どうして舞台上の人全員と目を合わせることが出来るわけ? Mはみんなの話を聞いて、顔から血の気が引いた。

「あの子、昨日も来てたあなたのお客さんでしょ? 誰なの?」とわたしはMを問い質した。

 Mは楽屋に戻ってきて初めて口を開いた。

 案の定、あの女は、以前Mが手を出したファンの一人だった。Mにとっては、当然、遊びだった。でも、彼女はそうじゃなかった。何度か遊んで、適当に切り上げたMは一切連絡するのをやめて、彼女を無視し続けた。昨日の晩のようにね。で、今朝、彼女の友人から連絡があり、彼女が浴槽で手首を切って亡くなったって知らされたんだって。Mは半信半疑だったみたい、で、客席にいる彼女を見つけて、ああ、あれは嘘だったんだ、ってホッとしたらしいよ。なんでかって? みんなを睨みつけていた彼女は、ずーっと彼に、にっこり微笑みかけていたんだって。

 それで楽屋にいるすべての人が、自分たちを睨みつけていた彼女がこの世のものではなかったと知ったってわけ。公演はあと三日残っていたんだけど、出演者の何人かが原因不明の体調不良とか、なんだかんだで、結局中止になっちゃった。


 と、まあこれがわたしが実際に経験した話。どう、なかなか恐かったでしょ?

 で、あれだけ好き放題やってきたMが、今はどこでなにをしてるか分からない、って綺麗なオチがあれば良かったんだけど、今じゃあ、彼、CMにドラマに映画にと引っ張りだこなんだから、世の中って本当、不公平というかなんというか、理不尽だよねー。ま、それはそれとして、今度のわたしの舞台、見に来てよね。その時、劇場でちょっと不思議な経験をするのは、あなたかもね。なあんちゃって。



・曲 Michael Jackson / Thriller


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は8月18日放送回の朗読原稿です。

夏はやっぱり怪談話をやりたいなと思い書いてみました。
夜寝る前にこの話を思いついて、ちょっと怖くなって電気をつけたのですが、実際に書いてみると、その時感じたほどではなくなってしまい、怪談話って書くのが難しいなあ、と思いました。
まだまだ暑い日が続きますので、どうぞご自愛ください。

朗読動画も公開中です。


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