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ショートストーリー劇場〜木曜日の恋人〜60 『ゆめちゃんとふしぎなおともだち その①』

 校庭の片隅でゆめちゃんはあさがおに水をあげていました。
 きれいに育ったあさがおは水を浴びて嬉しそうです。
 花びらによりそうように、ジョウロから出た水が虹を描き出します。
 じぶんが種をまき、ここまで育てたことを、ゆめちゃんは誇りに思いました。
 空を見上げると、もこもことした夏の雲があり、木立からはセミの鳴き声が聞こえてきます。もうすぐ夏休み。これはそんな季節にはじまる物語……


『ゆめちゃんとふしぎなおともだち』


 教室に戻ったゆめちゃんは授業の準備をします。宿題のプリントを確認していると、同じクラスのあずさちゃんがゆめちゃんに話しかけます。あずさちゃんは町で一番のお金持ちのむすめで、男の子たちからも人気があり、クラスの女子生徒のリーダーのような女の子で、いつも取り巻きを引き連れています。

「ねえ、ゆめちゃん、宿題写させて」

「え、宿題を?」

「うん、いいでしょ?」

「……駄目だよ。宿題は自分でやらなくちゃ……」

 それまで笑顔だったあずさちゃんの顔がみるみる不機嫌になっていきます。

「そう。いいわ、じゃあ勝手に写させてもらうから」

「え?」

 あずさちゃんはゆめちゃんからプリントを奪い取りました。取り巻きたちがゆめちゃんを押さえつけ、そのかんに、あずさちゃんは答えを書き写し、写し終えるとゆめちゃんのプリントをビリビリに破いてしまったのです。

「ひどいよ、あずさちゃん!」

「いいこと教えてあげる。わたしに命令していいのはわたしのパパだけ。分かった? もし先生にゆったらこんなもんじゃすまないからね」

 あずさちゃんはいつもゆめちゃんにこうした意地悪をするのでした。
 結局ゆめちゃんは宿題をやってこなかったとして先生に叱られてしまいました。

 

 悲しい気持ちで家に帰り、お父さんお母さんと晩御飯を食べましたが、いつまでも気分がすぐれずに、ゆめちゃんは早く眠ることにしました。
 ぐっすり眠っていたはずが、真夜中、ゆめちゃんは目が覚めてしまいました。
 ふと顔を横に向けると、男の子がベッド脇に立っていることに気づきました。
 二人はしばらく目を合わせました。ゆめちゃんは男の子に尋ねます。

「もしかして、あなたユーレイ?」

 男の子はふくれっつらをしてくるりと背中を向けて答えました。

「……そうだよ。きみも怖がらないんだね、ぼくのこと」

 言われてみて気がつきました。こんな状況なのに、ゆめちゃんはちっとも恐怖を感じていなかったのです。

「どこに行ったってみんなぼくのこと怖がらないんだ。ぼくユーレイなのにさ」

 ゆめちゃんは上半身を起こしてから言いました。

「それのなにが不満なの? 人を怖がらせるユーレイなんて悪いユーレイだよ」

 男の子はうつむいて黙ってしまいました。それからまたゆめちゃんのほうに向き直りました。

「実を言うとね、ぼく、あの世って呼ばれているところにいく途中だったんだ。でも入れてもらえなかった」

「どうして?」

「うん、ユーレイたるもの、人の一人も怖がらせることが出来ないでどうするんだ、意気地なしめ、って言われちゃった」

「だから入れてもらえなかったの?」

「そうなんだ。誰か怖がらせてから来いって」

「バカみたい。わたしはね、もっといろんなユーレイがいたっていいと思うんだ」

「いろんなユーレイ?」

「そう、人を笑わせたり楽しませてくれたり、そういうユーレイがいたっていいでしょ」

「そうだけどさ……」 

「ねえ、名前なんていうの?」とゆめちゃんは言いました。

「ゆういちろう」

「ゆういちろうか……ユーレイのゆうちゃん!」

 ゆうちゃんはそれを聞いてくすりと笑いました。

「きみの名前は?」とゆうちゃんが聞きます。

「ゆめ。みんなからはゆめちゃんって呼ばれてるの」

「ゆめちゃん。いい名前だね」

「でしょ。わたしもそう思うの」そう言ってゆめちゃんは大きなあくびをしました。

「眠くなってきちゃった。ねえ、ユーレイって眠たくなったりお腹すいたりしないの?」

「多分、ならないんだと思う。ぼくもまだなったばかりで分からないんだ」

 ゆめちゃんはゆうちゃんがどうしてユーレイになったのか知りたかったのですが、それは聞いちゃいけないような気がして尋ねることが出来ませんでした。

「ゆめちゃん、またここに来てもいい?」

「うん、いいよ」

 ゆうちゃんが微笑んで「おやすみ」と言ってどこかへ行ってしまうと、ゆめちゃんはあっというまに眠ってしまいました。


 次の日。ゆめちゃんは眠そうに朝ごはんを食べていました。
 ゆうちゃんのことが本当にあったことなのか夢の中の出来事だったのか、ゆめちゃんは考えていました。隣で新聞を読んでいたいたお父さんがある記事を読んでため息をつきました。

「昨日、隣町の海岸で子供が波にさらわれて行方不明になっただそうだ」とお父さんは記事の内容を話してくれました。

「あら、それは心配ね」とお母さんが言いました。

「柳裕一郎くんという、ゆめちゃんと同じくらいの男の子だと。なんとも痛ましいニュースだ。ゆめちゃんも海に泳ぎに行く時は気をつけるんだよ。必ず大人と一緒に行くように」

「うん」と答えたゆめちゃんはハッとしていました。

 ゆうちゃんのことだ! ゆうちゃんは昨日本当に来たんだ! と思いました。

 ゆうちゃんがユーレイになった理由が海でおぼれたことだと知ったゆめちゃんは胸が苦しくなる気持ちでした。そしてゆうちゃんを助けてあげたいと思ったのです。

 その夜もゆうちゃんはやってきました。

「やっぱりだれも怖がってくれないや」とゆうちゃんは言いました。

「ゆうちゃん」とゆめちゃんは言います。

「わたしが協力してあげる。ゆうちゃんをすっごくこわ~い幽霊にしてあげる。そしたらあっちに行けるでしょ?」

「え、いいの?」

「本当は人を怖がらせることには反対だけど、でも、ともだちのためだもん」

「ありがとう、ゆめちゃん」とゆうちゃんはうれしそうに言いました。

 こうしてゆめちゃんにちょっとふしぎなおともだちができたのです。


つづく



・曲 スピッツ / 優しいあの子


SKYWAVE FMで毎週木曜日23時より放送中の番組「Dream Night」内で不定期連載中の「木曜日の恋人」というコーナーで、パーソナリティの東別府夢さんが朗読してくれたおはなしです。
上記は8月22日放送回の朗読原稿です。

今週から三週に渡ってお届けいたします。その③まであります。
そして今回で「木曜日の恋人」の作品が60本になりました。
いやあ、書いたな。
書籍化計画を進めたいと思います。

朗読動画も公開中です。よろしくお願いします。


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