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ある博士の私的な発明  ショートショート

 最近、noteにおいて「偶然」に頻繁にぶつかっております。

自身に起こった凄い偶然やフォロワーさんの記事にみる素敵な偶然。

 

実はこの短いお話は一度投稿したのですが、

「なんか今じゃないな」と思って下書きにしていました。

 すると、先日フォロワーさんのきみまるこさんから、

「ありが ごじゃ(っ)と います」

というコメントを貰いました。

僕が皆さんにお礼の気持ちを明るく伝えたくて普段使っている

「ありがとごじゃいます」を入れ替えた言葉です。

そうです。アナグラムです。

 そして僕は、この偶然を活かしたいなと思い、

もう一度投稿してみました。

読んで頂けたら幸いです^ ^

(虫が苦手な方へ  特にえぐい描写は出てきません)


🐜 🐜 🐜 🐜 🐜 🐜 🐜 🐜 🐜 🐜


 発明家のM氏がいつも散歩している公園は一周が一キロ程度。ランニングコースにもなっている。

 今朝はまだ前日に降った春雨のせいで草木が濡れているので、陽射しがキラキラとリズミカルに反射している。その中で鳥や虫達が活発に動いているのを観ると、M氏は螺旋状に連なる小宇宙、生命の営みに思いを馳せずにはいられない。

 M氏の視線は、地面で忙しなく動いている蟻を捉えている。しばらくしてM氏の頭の中に稲妻が走る。それは言わば大発明の予感を伴った閃きだった。M氏は閃きを形にすべく孤軍奮闘する事になった。蟻の生態を調べ上げて実験を繰り返した。来る日も来る日も蟻を観察し、蟻の習性と働きとエネルギーなどを数値化した。

 そうして蟻の活動と調和する「ある装置」を作り上げたのだった。


ゴーン ゴーン


 古い壁掛け時計が朝七時を知らせるとM家の中はちょっとした騒動になる。M氏の息子と義理の娘は出勤準備をし、孫二人は登校準備をしてバタバタと出て行く。上は中学二年生の女の子、下は小学五年生の男の子だ。

「お父さん、行って来るよ」

「お義父さん、行ってきます」

「おじいちゃん、行ってきまーす」

「おじいちゃん、行ってきますっ!」

 四人が寝たきりのM氏が居る部屋に向かって声をかけて出かけて行くのが日課だ。四人が出て行くと、家の中にはM氏とM氏の妻だけになり、途端に静かになる。

 そうやって毎朝、祭りと祭りの後の静けさが繰り返された。

 M氏は可能な時は読書をし、妻はあれやこれや動いている。妻の立てる生活音に混じって「ゴーン、ゴーン」と正確に時を告げる音が聞こえてくる。

 そしてM氏はいつも誇らしいような気持ちになった。

 夕飯は家族全員で食卓を囲むのだが、M氏だけは自分の部屋で少し遅れて妻に食べさせて貰う。家族の様子が感じられるだけでM氏の心は安らいだ。

 

ゴーン ゴーン

「あの時計って相当古いよね。新しいのを買えばいいのに」

 ある時、上の孫が言い出した。

「あれはおじいちゃんがずっと大切にしている時計なのよ」

「あれはおじいちゃんが作った時計だぞ」

 息子と息子の嫁はそれだけ言うと黙った。

「凄いねっ! おじいちゃん」

 下の孫が愛嬌のある表情で言う。

 妻は静かに笑っている。

 

 そしてまた、古びた壁掛け時計は日常に溶け込んでいく。

 


 M氏が皆に看取られて静かにこの世を去った。

 家族への頼み事を遺して。

 

 晴れた休日の朝。遺された五人はM氏の遺言を叶えるべく庭にいる。

「庭に穴を掘って、あの時計を埋めてくれ」

 それがM氏の頼み事だったからだ。

 結構な大きさで厚みもある壁掛け時計がすっぽり入る穴を掘っていく五人。穴が出来るとM氏の息子は、言われた通りの手順で裏側にある小さなボタン三つを押してから時計を埋めた。これから何が起きるのだろうかと思っていた五人にふいに音が聞こえてきた。

ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ……

 それは確かに時計の鐘の音なのだけれど、家で聞いていた音よりも陽気な音色に聞こえた。何かの門出を祝う音のようであり、家族五人を包み込むような音でもあった。

「きっとおじいちゃんからの最期の贈り物だよ」

 そう話し合う地上の五人。

 地中では、長い間紡いで来た大きなプロジェクトをようやく終えたような、あるいは、小中高一貫した学校をやっと卒業したような精鋭達が元いた場所へぞろぞろと帰っていった。

 下の孫がこの穴を掘り起こして、偉大な発明家だったM氏の私的な発明の正体に気づくのだが、それはまだまだ先の話である。

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