2つのピュアネス 【ヴィクトリア女王最期の秘密】を観ました
これは、2人のピュアな魂の話である。
ヴィクトリアは、
旦那であるアルバートが亡くなった後何十年も、
喪服だけを着て過ごした
歴代第一位の在位を誇る英国女王である。
そんな立場の彼女がピュア??
彼女の中には、きっと
彼女自身も忘れてしまうほど極めて長い事、
ピュアな好奇心、ピュアなフェアネス
(偏見を極力排除しようとする精神)が
静かに眠っていた。
しかし、彼女の在る立場は
それが表層に現れてくることを良しとしない。
ピュアネスなんぞ、表に出てきた時点で、
それは彼女の女王としての死を意味する。
人生のなんたるか、人間のなんたるかを痛いほど
わかっているからこその、
ピュアネスの隠蔽であるといえよう。
一方のアブドゥルは、
ピュアを前面に押し出した青年だ。
疑う、ということをおよそ知らないかに見える。
自分の置かれている立場をあるがままに
受け入れて、それに異を唱えることも、
斜に構えてみることも、皮肉ぶることもしない。
キラッキラに輝く、生まれたての
傷ついていないピュアな珠だ。
アブドゥルはひょんなことから
植民地であったインドから英国にわたり、
その主として君臨する女王と出会うのである。
その時、彼がとった誰も予測できない
突飛な行動(ピュアゆえに想像を
はるかに超えてくる!)が全ての
きっかけとなった。
この人間界の恐ろしさ、痛みを知る
隠れたピュアネスは、剥き出しのピュアネスに
誘い出されるように、おずおずと外に顔を
覗かせようとする。
アブドゥルから聞く話は
彼女の好奇心を駆り立て、彼の使う言葉を
素直な少女のような眼差しで
生き生きと学び始める。
そのピュアネスは当然のごとく
外界の様々な嵐にさらされて、
また新たな傷を作ろうとするが、
輝く無垢なピュアネスは
それすらも光に包んで守ろうとする。
この2人の関係性は、
軽はずみにカテゴライズできない。
友情?とも違う、
愛情?でもなさそうだ。
異性同士の色恋とももちろん違う。
なんというか、ピュアな魂が
もう一方の魂を庇護しつつ、
信頼というクッションで
お互いを労わりあっている
という感じだろうか。
ただし、弱い立場、より痛々しい
ピュアネスを抱えているのは
女王の方だと私には思えた。
社会的立場としてはもちろん、
女王の方が上だ。
圧倒的ですらある。
方や刑務所の一記録係であり、
植民地の出身だ。
しかし、立場の強い女王が将来有望な青年を
その権力で守り、成長させていくという
単純な構図では
どうしたって説明がつかないのである。
かばい合う2つのピュアネスは、
非常に強い光を放ち、お互いを守りあう。
しかし、無垢なるピュアネスは、
それをとっくに失った、あるいは
生きていくためにはそれについて
見ないふりをしなくてはならなくなった
「大人」の羨望と嫉妬を一身に受ける。
傷つく。
それでもそのピュアな魂は
自分であることをやめない。
その姿が、一層周りの大人達を
イライラさせ、ネガティブな感情を
掻き立てる。
結果、無垢なるピュアネスは
そのままそこに存在し続けることが
できない。
傷を内包し、でもだからこそ
高潔で強いヴィクトリア女王の持つ
ピュアネスの光が
それ以上彼を守りきれなくなった時、
彼は祖国に戻るしか無くなるのである。
しかし、ヴィクトリアとアブドゥル
お互いの他には理解しあえる人は
存在していなかったのか
というとそうではない。
2つのピュアネスを
陰ながら支えようとする
「大人」もいてくれた。
彼と一緒にイギリスに渡った
友人のモハメドは、
イギリスの陰鬱な気候と周囲の人間の
毒気にやられて、(彼はある意味、
周囲の空気を敏感に察知してしまう
繊細な人だったと言えるだろう。
ピュアな人は別の側面から見ると、
無神経で空気が読めない、
だからこそ純度を保っていられる、
と言い換えることもできるからだ)
体調を崩し彼の地で命を落とす。
しかし、彼の友人(アブドゥル)を
陥れようと、取引を持ちかける
英国上流階級の「紳士」たちに放った
一言が振るっていた。
皮肉好きなイギリス人よりも、
満身創痍なその姿は高潔で、
彼もまた光り輝く魂の一つだったと
言ってもいい。
ヴィクトリアが崩御し、
その息子のバーティーが王位に就くと、
彼にとっては完全に理解の外である
アブドゥルは、彼の奥さんと
共にそれまで生活していた
(ヴィクトリアが与えた)
イギリスの住居を追われることになる。
ヴィクトリアとやりとりした手紙、
もらった贈り物は全て焼き払われ
物理的にも精神的にも
居場所をなくしたアブドゥルは、
ほとんどヴィクトリアとの記憶のみを
携えて祖国に戻らなくてはならなくなるのだ。
しかし、そんなさなか、彼の妻の行動に、
私はまた違った形の「愛」を見た。
激昂したバーティーが
全てを焼き尽くそうとしているところで、
自分の身さえ危険であるにも関わらず、
女王の写真の入ったペンダントを
彼女は火の中から救い出す。
そしてさりげなく「あなた、これを」と
アブドゥルに手渡す。
彼にとってヴィクトリアが
どれほどの意味を持っているのか、を
彼女もまた
理解し支えようとした1人だったのである。
ピュアな人というのは、
こういう周囲の見えている
「大人な」人達に
陰ながら守られているのかもしれない。
インド皇帝でもありながら、
一度も現地に行ったことのなかった
ヴィクトリア。
アブドゥルは祖国に戻った後、
その美しさを度々彼女に話して聞かせた
タージマハルの見える場所に、
ヴィクトリアの像を立てた。
ピュアな魂は死してなお、
もう一つのピュアネスによって守られ、
慈しまれ続けていたのだろう。