そろばん塾スタートの教科書~その9

本当に、人生というのはよくわからないもの。

そして、今そろばん塾スタートの教科書を書いているにもかかわらず、その9なのに、まだまだ全然始まる前のことを書いている、ということもまあ気にしないでおこう。

なんだって書いてみないとわからないものだ。noteだから許してください。そのうちまとめるよ。きっと。

というわけで、住む家を失い、台湾を転々とし、貯金が底をつき、友もいない。メンタル最悪で、歩いていると勝手に涙が出てくる。

つい1年前になったうつ病になりかかっている。これはまずい。

そして最後の貯金で日本に帰ることとなった。

日本に戻り、今度は何が起きたか。

台湾はそれでもまだまだ人が温かった。何かあったら、手を差し伸べてくれる人がいた。SNSでも構ってくれる人がいた。

でも、東京の人ってなんだか冷たくない??

ちょっと話しかけようものなら、すぐにあなた誰?みたいな感じになる。

東京もこれは住めない…。

海外に長くいた人ならばわかることかもしれないが、東京って結構人に冷たい。ノリのよさはあまりないし、全然しゃべってくれないし。

あ、これを見て気分を害する人がいたらごめんなさい。あくまで個々人の感情ですので、気を悪くしないで。

そして、さらに悪いことは重なっていく。

(今までに時間をかけすぎたので、このその9はもうちょっと長く書く。)

もともとお手伝いをしていたそろばん塾のある助手の先生から相談を受けた。

その助手の先生は、確かに実力的にはそろばん、そんなに上手ではなかったが、教え方がまずいということは全くなかった。

だが、塾長の先生と塾長の娘の先生に嫌がらせ?のようなものを受けている…ということを僕に相談してきたのだった。

内容は正直今になってみれば忘れた。

でもタイミング的に、

僕は超イライラしていた。台湾でも住む家がなく、仲の良い友達が自分を離れ、授業では自分が悪くないのにいじめられ、貯金が底を尽きて日本に戻ってきている。

そんな中でもともとお世話になっていた【そろばん界】がこんなことになっているとは。

自分の怒りとイライラはMAXに達していた。

23歳、2012年5月。

ここに、最終的なそろばん塾開塾に至る最終的なきっかけがやってくるのである。

その10に行こう。


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sorobanbestko
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