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柳川の北原白秋生家記念館

「この道は いつか来た道
 あゝ そうだよ アカシアの花が咲いてる 」

など

数多くの詩や歌詞、特に児童の詩を多く残された
北原白秋

九州有明海のほとり柳川で酒蔵などを大きく営む裕福な家に産まれ

57歳で亡くなられた人生の中、3度の結婚、33度もの引っ越し

詩を書くために反対を押し切り上京するも

柳川の大火がきっかけで実家の破産
関東大震災など

寺の6畳間に間借りするような生活

「街に受け入れてもらえないかも」という思いもあるなか故郷に帰郷した際、町をあげて大歓迎を受け大きく涙したと

とても人間臭い人なのだと感じられました

恐らくは日銭のためであったであろう圧倒的な数の校歌や会社の社歌を作られていたことも知りました

その北原白秋氏の生家と、北原白秋記念館を展示していました

資料館は写真撮影禁止でしたので生家の写真を掲載しました


柳川という町は、有明海の町で、川下りをしたり、ムツゴロウを生で食べられたり

ヴェネチアと同じで、年中水が床下浸水したり、運河の町なのに、生活排水がそのまま運河に流されて、水が澱んでいるので夏場の臭いや、蚊はすごそうですが、何かとても魅力的なところでした

同じ柳川にある戸島邸庭園は、入場料100円なのですが、北原白秋記念館の入場券があると無料で入れる別荘のような建物でした

豪邸の反対で、実に質素に感じられます

そよ風が建物内を優しく流れる少年時代の原風景みたいな世界をリアルに感じられ、いつまでもここにたたずんでいたい

そんな実に清々しい気持ちにさせていただけました


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アラン藤島
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