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DAY 75:「街の灯り」"CITY LIGHTS" LEE MORGAN BLUE NOTE 1575
夜の帳が下りる前の、この時間、
街を散歩するのが、
あるいはゆっくりと、自転車を漕ぎながら、
街を散策するのが、好きだ。
茜色に染まる商店街、と、街並み。
それは、街が、人々が、一斉に、
一日の終わりをこれから迎える、
準備に入る時間。
魚屋や肉屋、八百屋に並ぶ、
買い物かごを持ったひとたち。
かごから、はみでている、葱や大根。
そのひとたちの列の横を、
自転車の後ろに、こどもを乗せたお母さんが、
話をしながら通り過ぎて、
交差点の手前で停まる。
ーきょう、ようちえんで〇〇ちゃんと、
おままごとして、あそんだよ。
ーそう、それは良かったねえ。楽しかった?
ーうん、あしたもあそぶんだ!
他愛のない、でも愛のつまったやりとり。
信号が青になり、笑い声と自転車が遠くなる。
商店街を抜けて街へ進むと、
家々の灯りが、ぽつぽつ、と、つき始めて、
その台所に繋がっているであろう、
換気扇からは、湯気が少し出ている。
或いは少し早い、風呂の準備かもしれない。
家の近くに寄ると、とんとん、と、
俎板を包丁で叩く、音が聞こえてくる。
少し先の公園からは、おそらく小学生だろう、
こどもたちが、これまた自転車で、
勢いよく飛び出してくる。
ーまたな!
ーおう、またな!学校で!
なんて言って。
普通だけど、とても素敵な約束。
公園の向かいの家では、
ちょっと耳が遠い、
おじいちゃんかおばあちゃんが
相撲中継を観ているのだろう、
拍子木を打つ音が、外まで聞こえてくる。
夕焼け小焼けのメロディが、街に流れる。
空を見上げると、その鳴き声とともに、
群れを成した鳥たちが、夕陽の逆光の中、
シルエットの塊になって、
それぞれの塒へ、飛んで行く。
辺りは徐々に、涼しさと静けさを増し、
そして深い青色へと、
世界を今日も、塗り替えていく。
街灯が、ともる。
家々の灯りは、より、その明るさを
夕方から夜になるにつれて、
間接的に増していく。
革靴が、アスファルトを踏んでいく、
乾いた摩擦音が、道に増えていく。
皆、それぞれの家の灯りに向かって。
または、その家に灯りをともすために。
街の灯り。
その一つひとつは、
それぞれの命。
それぞれの人生。
それぞれの生活。
それぞれの灯り。
その灯りが、太陽に代わって夜を照らすのを
見届けながら、わたしも家路に就く。
ゆっくりと、その一つひとつを確かめるように。
自分の中にも、自分の周りにも、
その灯りがともっていることを、感じながら。
玄関を開ける。
台所から、妻の声が聴こえる。
リビングから、息子の声が聴こえる。
ややあって、細かい足音が玄関まで聴こえ、
娘の声が聴こえる。
皆、同じことばを、今日もかけてくれる。
ーおかえり。
毎日このことばを聴くことができる幸せと、
毎日同じことばを返すことのできる幸せを、
噛み締めながら、
そして、ありがとう、という、
感謝の気持ちを込めて、ことばを出す。
ーただいま。
嗚呼、
もしも願いが叶うなら。
この灯りが、穏やかにともる毎日が、
私にも、家族にも、
街を照らす、それぞれの灯りにも、
少しでも長く、続きますように。
願いを込めて、レコードをかける。
そのレコードは、「おかえり」というような、
優しいハーモニーを奏でる。
それは
「CITY LIGHTS」と題された、
一枚だった。
ここまでお読みくださり、
ありがとうございます。
今後も、
あなたのちょっとした読み物に、
私のnoteが加われば、
とても嬉しいです。
おかえりなさい。
きょうもあしたも、あなたにとって
かけがえのない、いちにちでありますように。
アイ
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