【読書記録】群ようこさん「毛糸に恋した」
「趣味と性格が合ってなくない?」と言われたことがある。
私の趣味は、かぎ針編み。かぎ針という小さな突起のある編み針を使ってする編み物。
編み物をしない人からすると、編み物をする人の一般的なイメージといえば
こんな感じなのかな。編み物が趣味っていうと大体こんなことを言われる。
わたしの性格はと言えば
おおよそ真逆だ。たしかに、「編み物に向いている性格ではない」というのは図星な気がしてずっとどこかで引っかかっていた。おおざっぱだから販売できるようなものは多分一生できるようにはならないし。
そんな時に手に取ったのが、こちらの本。
作家の群ようこさんがご自身の趣味である編み物について書いたエッセイ。
昔は編み物ってのは経済的な生活の知恵で、最初は父親のセーター⇒子供のセーター、子供の成長に合わせて編み直し、最後は毛糸のパンツにしていた。なんて話があって、幼いころ編み物を教えてくれた親戚のおばちゃんがまさにセーターを解くのを手伝っていたな、なんて私の編み物原体験を数十年ぶりに思い出すことが出来た。
ほかにも、学生時代に群さんがつくる手編みのセーターを意中の人にプレゼントするとうまくいくという話が都市伝説のように広まり、ぜんぜん知らない男が着るためのセーターを沢山編んだという話にはクスリとしてしまった。
海外旅行先の各国の毛糸事情、編み物事情も描かれていて、次に海外に行くときは現地の手芸屋さんに行ってみたいな~という小さな夢も出来た。
この本には、群さんだけでなくたくさんの"編み物をする人"が登場する。
編み物仲間の方々との座談会も収録されている。
例えば、編み目を間違えて進んでしまったときにどうするか。
ある人は、間違えたところまで絶対に戻ってやり直す。
またある人は、どうにかごまかして進める。
まあいいやとあきらめて進む人もいる。
みんなそれぞれやり方がある。それがその人の性分。
何かをする時に向いている性格というのがあるようで、実はそんなに重要ではないのかもしれない。むしろ、何かに向き合う時に自分の性格、自分らしさが浮き彫りになってそれが面白いところなのかもしれない。
おおざっぱでもいい加減でも、それが味と言えなくもないし、何より自分がやっていて楽しいことならば向いてないとか別に考えなくてもいいんだな。
この本に出てくるニッターさんたちに、肯定してもらえた感じがした。
もう一つ、とても印象的だった内容があとがきにあって
群さんは文庫本出版当時、編み物から一時離れていたそう。1冊読んできたものとして、あんなに熱中していたのになぜ!という気持ちだったけれど
年を重ね、視力などの低下によってなかなか編み物をするのが難しくなったんだそう。
なんとなく編み物って幅広い年齢の人がやっているイメージがあるし、この先飽きてやらなくなることはあっても、身体的にできなくなることがあるなんて思いもついていなかった。
物事には終わりがある、いま当たり前にできていることが出来なくなるかもしれないということを改めて思った。
今年も寒くなってきて、編み物のハイシーズン。
作りたいモノを、自分のやりたいように気ままに自分らしく作っていこう。