初めての投稿。帰省ついでに母について記録してみる。

2025年.noteをはじめてみる。
完全にノリでしかない。続かないかもしれないけど
今とても文章が書きたい気分。

Instagramのストーリーズにも、
Xにも書かない、書けないことを
心の整理のために書く。

誰も見ていない今、
周囲の人に相談できないことを書いてみる。

母のこと。

母はコロナ禍頃から様子が変わってしまった。
母が還暦を迎えた頃、
正社員で続けられると思っていた仕事はパートにさせられた。
コロナで客足も少ない、どうしようもなかった。

母には趣味といった趣味もなく(SMAPが唯一のハマりごとで心の支えだったが、解散して軽く鬱になってた。2016~)
仕事しかしてこなかった。

長年続けていた仕事の正社員でなくなったことに、なんで急に…収入も減る…と怒りと戸惑いがあったようで、家では仕事に対しての文句がこれまでより多くなった。

父も働いているし、貯金もしているはずで、生活できないというほどお金に困ることはない。
それなのに、こんなんじゃ暮らしていけない、この家に1人になったらどうしよう、など
お金のことに対しても人生についても悲観的で心配な発言が目立つようになった。

「そんなに毎日文句言うならパートで時間できたんだし、掛け持ちしたら?」と提案した。

知り合いの紹介ですぐにパートの面接が決まった。
これまで同じ職場で同じことを30年近く続けていた母。
新たな場所で未経験のことで働くことへの不安が面接してから強くなり、採用が決まったものの、直前で断ってしまった。

紹介してもらった手前、どうしよう、でもこわい、
知り合いには謝罪し、理解してもらえたようだった。

でも老後のためにも収入がほしい…

思えばどんどんネガティブな発言が増えていた。

私は30歳になる前に再度上京がしたかった。(新卒で4年間一人暮らししていたが体調を崩し出戻っていた)

両親が寂しがることは承知だったが自立したかった。
私の人生は私のものだ。
転職活動も引越しも、実家にいながら自分で決めて事後報告した。

父は驚きつつも応援してくれた。
母も寂しいとずっと言っていたが、私はなんだか子離れ出来ていないような母が鬱陶しく感じることもあり
もう決めたことだし、ずっと実家にいるつもりはない、はっきりと言った。

しばらくして転職先の仕事にも慣れ始めた頃、父から連絡があった。

「お母さんの言ってる事がわからない、前にも増して愚痴が多くて参った。同じ事ずっと言ってるんだ

あ、鬱だ、と思った。


父にはすぐに心療内科へ連れて行くようお願いした。

帰省する前にどんな様子か聞くと、
夜中に唸り出す、壁に頭を打ちつけていたり
自分で自分の頭を叩く。泣き出す。

父も眠れていない様子だった。

病院ではやはり「鬱」と診断された。

明るく、仕事の愚痴を言いながらも
テキパキ料理を作るあの元気な母が…?

私は上京のタイミング間違えたのか。自分を責めた。

#note書き初め #重め #母の話 #家族
#鬱  

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あさまる
ありがとうございます♡ これからも見守っていただけたら嬉しいです! よろしくお願いします^_^