"おばさん"になって日和るわたし
うちの両親はそれぞれが毒親育ち。毒親同士が結婚して生まれたわたしは、アダルトチルドレンのサラブレッド(世代連鎖)です。わたしの家族は、5歳下に弟と、7歳下に妹。DVモラハラパワハラアル中の父親と支配的でネグレストな母親。家庭にも学校にも居場所のない闇の小学校時代を、4歳までの母親との楽しかった記憶だけを糧に反芻しながら過ごしました。私立中学への入学が第一の転機となり、そこから私立一筋で大学まで入学・卒業し、家から逃げるように結婚までこぎつけます。(Kくん:パートナー、お父さん:義理父)
お父さんが亡くなり、Kくんの妹さんは結婚相手を探していました。最初に付き合っていたのは悪いやつ。コロコロ浮気して、パチンコへ行って、妹さんにタバコを教えました。家族全員に(お父さんが生きてたときは、お父さんにまで)「止めとけ」と言われていました。
次に付き合っていたのは、干支の同じ年下でした。子どもが欲しいらしく、年齢的に結婚を急いでいました。
その12歳年下くんと結婚式を挙げる、と招待状が届きました。式はわたしとKくんと、お父さんの写真、お父さんとは離婚されていた義理母さん、向こうのご両親だけの簡単なものでした。
わたし自身はウェディングドレスにも結婚そのものにも全く憧れなど存在せず、式というイベントにも当然のことながら興味がなく、Kくんの家に転がるように住みついたため、式は挙げていません。お父さんが亡くなる前に妹さんが見せてあげられたらよかったのになぁ、とお父さんの写真を持ちながら思いました。
妹さんは不妊でした。わたしと同じく子宮筋腫があって手術したクチでしたが、彼女のは握りこぶし大の大きいもので開腹手術になっていたので、その時に卵管にトラブルが起きたんだろうということでした。
不妊の検査なんて痛いって聞くけど物好きだなぁ、なんでそこまでして子どもって欲しいモノなんだろう。若くないと体力的にもしんどいだろうに。
しかも、筋腫手術後の子どもの出産は帝王切開が確定です。わたしは母親の"勲章"となった腹の傷を思い出しました。母子ともに死にかけて生まれた妹と母親の腹の傷。良い感情が浮かんできません。
相変わらず子どもが欲しいという気持ちが全く理解できませんでした。
結局妹さんは人工授精で子どもを産みました。
2度めの開腹手術です。病院は会社から徒歩2分のところにあり、«姉らしく»昼休みに覗いてみることにしました。
妹さんは元々Hカップくらいの爆乳でしたが、母乳を飲ませる準備のできたソレは、スイカのような大きさになっていました、その脇に取り出されてすぐのモノ。大きさは隣りにあるスイカと同じくらい?
そして晴れやかな妹さんの顔。
そうか、とうとう親になったのかー。
おめでとう?
わたしは仕事に戻りました。