見出し画像

彼氏と電話して大泣きする夜

喧嘩なんて言えば大袈裟だし、勝手に私が悲しくなって泣いただけ。たったそれだけのことが、昨日の夜、私たちカップルの元に起きた。

彼と私は同じ会社で働いている。
職種も別だし、働いているフロアも別。わざわざ会いに行かない限りは会うことなんてほぼない。だから普段は同じ会社で働いているという意識も希薄である。

それでも、彼と私は同じ会社で働いているのだなってことが起きた。

私の勤務地はいわゆる本社で、社内の聞きたくもないようなありとあらゆる情報が耳に入る。昨日はその情報たちの中に、彼の名前があった。
会話をしているのは彼の職種を統括している部署の課長と、私の同僚。聞き耳を立てる趣味もないし…と私は自分の仕事をしていた。

会話が終わったのか席に戻って来た同僚は、私に声をかけた。「○○くん、異動したいって希望出してるの?」と。

この同僚は社内で数少ない(2人)、彼と私の恋人関係を知っている人だ。唐突に聞かされた私の彼氏の名前に驚き、そのまま私に声をかけてきてくれたのだろう。

「え?」しか返事が出来なかった。そんな話、まったく知らなかった。

”備品庫に荷物を運ぶ”というどうでもいい用事を見つけ、2人で席を立つ。詳しい内容を聞いた。
要は【今の支店は支店長の方針で若手に仕事を振ってくれない。成長が見込めないから環境を変えたい。】という申し出があったらしい。

「彼女なのに相談受けてなかったの?」と言いたげな視線が心に刺さった。刺さって抜けなかった。

こういうときって落ち込んで仕事が手につかないとか言いがちだけど、逆にめちゃくちゃ集中できた。いつもより倍速くらいの効率で目の前の書類が処理されていく。頭も回る。今まで後回しにしていた知識整理の時間すらあった。
それを全部成し遂げた上で、定時で帰れた。

帰って夜ご飯を食べながら推しのYouTubeを観た。3本観た。面白いし、かっこいいし、大好きなのに、心は晴れない。
おばあちゃんが揚げてくれた春巻きが美味しくて、それを頬張ってる時間は少し楽しい。食べ終えてしまった悲しさと一緒に、やっぱり今日の出来事は悲しいと思った。

あとなんか、今月もちょっとだけ喉が痛くなり始めているし。先月ひいた風邪が完全に治ってからまだ10日も経っていないのにな。

湯船に浸かった。

髪を乾かした。抹茶アイスを食べた。お弁当箱を洗った。フロスをして歯磨きをして、歯磨き粉を変えてもう一回磨いた。

喉の薬を飲んだ。

自室でベッドに寝転んで、ああ今日も資格の勉強してないなって気づいているのに気づかないフリをした。スマホが着信を知らせる。毎日この時間になると、彼は私に電話をかけてくる。

少し話して、しばらく無言の時間が続いた。
聞いたよって言うべきか、言わないべきか。脳内で色々考えた。本人からいつか言われるのを待つべきなのかもしれないし、でも一生言われないまま終わってしまうかもしれないし。

「異動したいって話、社長まで上がってたよ。」

言ってしまった。ごめんなさい。言ってしまった。

「ん?」って要領の得ない返事。
「なんか聞いた。」「誰に?」「同僚。」

彼は「別に異動がしたいって言ったわけじゃないけど…」と言葉を濁す。
だから普通に結論を言った。「私まったく聞いたことなかったから、相談されてなかったのが悲しかった。」この段階でちょっと涙目だった。

「言うわけないじゃん」

って言われた。泣いた。

一夜明けた今は大方の話をし終わっているし、割と冷静になっているので取り乱すことはない。でも、この時は普通にたくさん泣いた。

もともと自分のことは聞かれない限り話さないタイプの男の子である。

仕事の話をするとすれば私の業務内容を聞いてくるばかりで、彼の仕事の話はほとんど聞いたことがなかった。愚痴も、嬉しかったことも、悩んでいることも。
[聞かれなかったから言ってなかっただけ。]
それが彼の言う、「言うわけないじゃん」という台詞の意図だと、今ならちゃんと分かる。

でも昨日の私にそれを分かるほどの心の余裕はなくて。この段階で、なんなら心を閉ざしてしまった。

「今は仕事を回してもらえなくても、我慢の時だって思えてるから別に平気だよ。でも、これがこのまま何年も続くなら、それは困るなって思ってる。」

他の支店に配属した同期はみんな、自分と同期とは思えないほどの経験を積んでいる。たぶん彼はそれに焦っている部分もあるんだなって、昨日の私は解釈した。

でも。

「じゃあこれで、遠い支店に異動ですってなったらどうすんの。」という冷たい声が出てしまった。

うちの会社では、彼の職種は、基本的に配属された支店から異動することがない。支店長になるとか、本社に畑違いの部署異動をするとか、そういう采配がされない限りはない。

あとは、彼のように本人から希望があって、どこかほかの支店に空きが出ている場合だ。

現状、空きは少しだけある。でもそれは、私たちが住む市からはかなり遠い支店のみ。

希望が出たからと言って必ずしも異動できる職種ではないので、彼がそこに異動する確率は高くないのかもしれない。
でも、希望を出してしまったと言うことは、ゼロではなくなったということだ。

そして一度でもその遠い支店に異動したら。今度はちょっとやそっとのことでは異動できなくなる。彼はこの会社にいる限りは、その遠い地を拠点に生活しなければいけなくなるということだ。

その未来に、私はいる?

その未来を見据えたとき、私は頭の片隅にでも思い出してもらえたのだろうか。
お互いの実家も遠い。縁もゆかりもない。県庁所在地からも離れ、交通の便も悪い。その地に長く住むことになるかもしれない未来に。

_

「遠い支店?」と理解の出来ていない返事をした彼に、上記のことを丁寧に説明した。具体的な支店名も伝えた。そしたら、「本当にその支店しかないの?この市内の支店は空きないの?」とか聞いてきたりする。

ああそうか、と唸り声がでた。

確かに空きがあるかないかなんて、私が本社にいるから知り得ている情報だ。彼からしたらもっと気軽で、市内の別支店に動ける可能性を心から信じていたのだろう。

「そんなの、僕は知らなかった」
「だからこそ、私に相談してきてほしかった」

これは多分、どっちも悪い。

でも付き合って半年も経っていない私が介入していい問題じゃない。だから、私のほうがより悪い。

「支店長が変われば今のルールがなくなるから、正直それが一番いいと思ってるよ。僕だってこのままこの支店で長く働きたい。」

「うん」

「でもこのままこの環境が続くなら、ゼロ空になっても支店が変わって、仕事を回してもらえるほうがよっぽど良い。」

「どうして?」

「経験を積んで、1人でもっと稼げるようになって、もち子ちゃんとずっと一緒にいられる男になりたいから。」

いや、支店が変わったって稼げるようになる保証はないんだけどさ…と彼は付け加えた。
今なら私はこのセリフを嬉しいと思える。抱き着きたいと思える。

でも昨日の私は、先に述べた通り心を閉ざしているのだ。

_

「年下だし、ポンコツだし、もち子さんより稼ぎが悪いなんて嫌になっちゃうでしょ?」

そう言う彼に私は大泣きしながら

「そんなことどうでもいい!」と叫んでいた。

「稼げるようになったって遠い市に住んだら会える頻度が減る。会ってても解散時間は早くなるし、どちらか一方はその時間から長々と運転して帰らないといけない。結婚だって考えられない。」

言わなくてもいいことばかりがボロボロと口から溢れる。

「そんなことなら私がもっと稼ぐから、今のままずっと近くにいて欲しかった!」

喉が痛い。薬を飲む前より腫れてる。顔も熱い。

涙がずっと止まらなくて、八つ当たりだって分かって言ってる。嫌な思いをさせてやろうって思ってしまっている。もう嫌われればいいとすら思った。これで私のもとから彼がいなくなれば、彼は心置きなく好きな地で好きな仕事ができるのだから。

「泣かないで。」

彼の声が聞こえた。優しかった。

「遠い支店に行くなんて想像もしないで希望を出しちゃった。ずっと近くにいたいって思ってる。」

「異動なんてそうあることじゃないし、今から悪い方向に考えても仕方ないよ。」

「もし本当に遠い支店に僕が異動になってしまったら、それはその時にちゃんと考えよ?でも、遠い支店になっても僕はもち子ちゃんに今まで通り会いに行くから。ね?」

「だいすきだよ。もち子ちゃん、だいすき。」

顔を見て話せていればよかった。
そしたらきっと、たくさん抱きしめてもらえたのに。素直に謝って、甘えることが出来るのに。

そんなことを思って、ごめんねって言った。色々と全部、ごめんねって。

もう時間も遅いし寝ようって言われて、寝る直前まで彼は愛情表現をし続けてくれた。大好きだよって、たくさん聞こえた。

私は電話が切れてから30分くらい考え込んで、やっとLINEで「大好きだよ」って送った。
それにも彼は「僕も大好きだよ」って返信をくれた。

_

えぐえぐ泣いた。
疲れて寝た。

朝起きて、蚊に足を5か所刺されていた。

喉も痛いままだった。

感情は落ち着いたけど解決はしていない。
私はどうやって大人になれば良くて、どんな彼女になればいいんだろうね。

でも結局大好きだから、彼が離れて行ってしまうまでは追い縋るしかないんだろうな。

いいなと思ったら応援しよう!

もち子
全額をセブンイレブンの冷凍クレープに充てます。

この記事が参加している募集