ボディーソープの話
「ボディーソープ替えといたよ!」
ボディーソープのポンプを何度押しても出て来ない時に苛立ちを感じるその時に、シャワーを流しっぱなしの少し温まった浴室の中で思い出した午前2:00頃の言葉。
「そうか…詰め替えなきゃいけない」
と思い、全裸のまま肌寒い脱衣所の棚からボディーソープの詰め替え品を取り出し、まだ温かい浴槽の中で新しいボディーソープの切り口を手で引っ張って、入れるこの作業。やはり面倒だ。
でもボトルと違うものを買ってきてしまい、詰め替えの方が多くて溢れ出てしまい慌ててしまった。
君がこんな場面を見たら笑ってくれるか怒ってしまうか…いや、きっとボディーソープを替えるだけでも
「どうしたの?珍しいね?」
そう言われるんだと思う。体を洗って湯船に浸りながら浴槽の縁に水玉を作るなんてことで遊んでいたが、その時の記憶が蘇る。
僕の仕事で帰ってくるのが遅いのに、サランラップを被せて夜ご飯を机の上に準備していてくれていた。きっと早く帰れればこんなに冷たくなっては無かったと思う。
入浴後僕は湯冷めしない様に、でも君を起こさない様にダブルベッドに入って。そんな君が寝ているベッドの中は温かくて。掛け布団の取り合いをした冬。それでも、朝早く出て行ってしまう僕に対して前日の夜に作ってくれていた朝ごはんと弁当を冷蔵庫に入れてくれていたりしてくれた。
僕らは元々血縁関係も無かった“赤の他人”だった。
古風な家柄でど田舎出身の僕は上京してきて、就職を始めた。それがいつしか仕事で出会って食事をして、交際し始めて。同棲し始めて。結婚の話をお互いにし始めて。
でもある日僕が仕事から帰ってきた午前1:20頃
君は出て行った。
部屋の荷物はいつの間にか無くなっていた。
いつの日かを夢見て買った4人用ダイニングテーブルの上には、合鍵と置き手紙。
「私は悠介くんと結婚することが嫌になりました。最終的に私は悠介くんのお母さんの代わりだけというか家政婦になる気がして。私はその生活にきっと飽きてしまいそうです。悠ちゃん、勝手な理由でごめんね。」
その瞬間、焦って僕は君に電話をしたけど繋がらなかった。
その日が唯一の休日で、友人に電話をかけてもらった。5人程の友人に電話を掛けてもらったりしたけど繋がらなかったしLINEもブロックされていた。
だから置き手紙だったんだ…そして…
携帯番号を変えたんだと思った。
“2人で丁度いい”と感じていた1LDKの賃貸マンションには、君の分の荷物や枕や服とかそういうものが一気に無くなったから、部屋が急に寂しくなった。
一緒に寝ていたダブルベッドの隣にいつも君は居るのに無駄にベッドが僕1人でデカいだけになり掛け布団の取り合いも無くなった。以前の温かさもなくなった。
料理も洗い物も洗濯物も、いつの間にか切れていたボディーソープの詰め替え作業もずっと君にやらせてしまっていたから、最初は全然僕1人だけでは出来なかった。
結局は、結婚の話が出てきて、安心しきって僕は自分のことしか考えられなかったことや“赤の他人だった”ということを忘れていた。赤の他人だから「やってもらうこと」が当たり前になっていたんだ。
だから君が居ないと分かった時に電話してでも探す程焦っていたのかもしれなかったあの時期。
そりゃそうだ。結婚前だというのに夜遅くてあまり君を抱くこともなかったんだから。
彼女に向けた感情は一つ。
君をいつの間にか僕のお世話係にしてしまったのかもしれない。
シャワーが出しっぱなしで、その小さな水しぶきが僕の顔にもかかってくる。浴槽の縁に水玉で遊ぶ気力を無くした頃、その水玉はただの水玉で無く僕の涙だった。
だいぶシャワーの温度が水に近くなって行った。
何事かと思ったら、「ふろ自動」のボタンが付いた画面には「残湯なし」といつの間にか表示されていた。
それでも今は一人暮らしだし泣いたとしてもきっと誰にもバレない。そう思ったけど大人になると声を出して泣くことはもちろん、泣くことに慣れていない。
嫌な成長をしたと思った。
「転職してでも時間を作れてたら…」
と思ったけど、きっと僕らは価値観や環境が違うんだ。僕は仕事を理由に甘えて生きてきただけで転職してもきっと君を見る目は変わらなかったと思う。
だから、絶対に君ぐらい呆れるくらい良い女性は多くの人からモテるだろうと思うからひとつだけ。
自分らしく生きて
幸せになってください。
「ふろ自動」を節約のために切っていてシャワーをずっと流しっぱなしで
「残湯なし」の状態。
過ごした時間を振り返っていたら、浴槽の水は冷たくなっていて、体も冷えてしまった。
翌日風邪を引いてしまったけど、以前の君の様な看病してくれる人なんていないことを身にしみて感じた。
教えてくれてありがとう。
辛い思いをさせてごめんね。
君の料理は心から暖かかったよ。
ボディーソープは
どれだけ詰め替えても
僕の過去は決して
洗い流してはくれない
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