寄せ書きという儀式をボイコットした2021冬
あの冬、お世話になった人が退職することになった。私の採用から育成まで担当してくれた人だ。いつものように寄せ書きの色紙が回ってきて、80文字のスペースをあてがわれた。何を書こうか。感謝の言葉や思い出のエピソードなど、伝えたいことは沢山あった。
でも、私は何も書かなかった。
正確には書きかけて消した。「2年間、色々とありがとうございました」と書いたところで、ふと「これじゃない」と気付いたのだ。そして「書かない」という行為を通じて、寄せ書きにちょっと対抗してみたくなった。
ふだん広報として働く私は、不特定多数の人に向けてわかりやすい文章を書くようにしている。端的な文章構造、明瞭な言葉遣いを意識して、情報とメッセージのバランスを取りながら伝えることを心がけている。
だけど退職する人へのメッセージは「特定の人に向けた個人的なもの」。この個人的なやりとりって、ふつうは相手と自分の間だけで行われる。相手は受け止めるだけでなく、それに反応する機会がある。字数制限は存在せず、長文になることもある。このやりとりは閉ざされた環境で行われ、他人がそれを覗き見ることはできない。
だから寄せ書きに違和感を覚える。だって書き手は相手への個人的なメッセージをものすごく短い文章に圧縮し、他人のものと並べて公開される。そして受け手は反応する機会がほとんどない。後日、「あのとき色紙に書いてあったこの言葉って〜」と、会話することなんて稀だと思う。なんか、いろんな点で寄せ書きってすごく変じゃないか…
寄せ書きに覚える違和感を1つずつ考えてみる。まず、文章を圧縮すること。これ自体に罪はない。むしろ私自身、いつも業務でよくやっている。不特定多数へのメッセージや業務連絡において「端的でわかりやすい」ことは正義だからだ。だけど個人的なメッセージはどうだろう。「2年間、色々とありがとうございました」は、あまりに簡素化されすぎている。
だって「色々と」って雑。感謝する事柄が「色々」って、適当すぎませんか……一方で「こんなこと教えてくれてありがとうございました」的に特定の出来事を書くと、その人への感謝イコールそれだけ、になってしまう気がする。あと「ありがとうございました」って、もうこれで終わりです。という一方的なトーンがあって嫌だ。つまり、そもそも個人的なメッセージをあの限られたスペースに収めることが無理なのだ。素敵な詩でも書ければいいんだけど、私の場合はスベってポエマー認定されるリスクがとても高い。
頑張って無理やり圧縮した文章を、他人のそれ横並びで公開される点にも強い違和感を覚える。寄せ書きって大体がポジティブな言葉だ。どんな経緯で退職しようが、あたたかいメッセージで満ち溢れる。でもそれって、隣の人の書いた文章に影響されてる気もする。おのおのの書き手が影響されあった色紙には、「ここにはあたたかい言葉しか歓迎されません」という空気が醸し出される。
何を書こうか迷った人は「寄せ書きで使える言葉まとめ」的なweb記事から引用して、あたたかい言葉を色紙に書く。そんな空間において「何で退職するのか納得できません」なんて言葉は受け入れられない。その結果として作り出されるのが、次のステージに向かってみんながエールを送っている風の色紙だ。しかしそこに寄せられた言葉は、本人の言葉なのだろうか。書き手の本心が、それぞれの言葉で表されてるのだろうか。
そんなことを考えていると、私はなにも書けなくなってしまった。
あーどうしよう。書けない。っていうか寄せ書きってそもそも何だ?どうして送別のたびにこの儀式が発生するんだろう?気になったのでGoogleで「寄せ書き 歴史」と調べてみた。そこで見つけたYahoo!知恵袋に、すべてが載っていた。
……なるほど、寄せ書きの云われは「これから一揆するよ!」の意思表明であって、誰かを送る際のコミュニケーション手段ではなかったのだ。これなら納得できる。つまり寄せ書きとは中身よりも、「みんなで行う」行為自体に意味があったのだから。それならば、無理して圧縮したメッセージを送る必要はないんじゃないか。
こんな理由で私は何も書かなかった。あえて空白で提出した。相手への感謝の気持ちは寄せ書き以外の形で伝えたかったのだ。なんでもいいから、互いのコミュニケーションで伝えたかった。さらにいうと、「感謝」は大切だけどわざわざ儀式で伝える必要はあるのだろうか。それよりも相手とじっくり話すとか、相手から学んだことを他の人に教えるとか、感謝の儀式にとどまらない形ってあると思う。
でもまぁ、寄せ書きという儀式は世間にまかり通ってる、大半の人があったほうがいいものだと思ってるのだから、これからも私は寄せ書きをするたびにちっちゃな葛藤をするんだろうな。で、ほとんどは当たり障りのないコメントを書くのだろう。
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