【アート記録】写実よりもリアルなデフォルメ - 本質を捉えた彫刻家 ブランクーシ
先日、アーティゾン美術館で開催されている「ブランクーシ 本質を象る」に行ってきました。20世紀彫刻の先駆者と評されるコンスタンティン・ブランクーシの展覧会です。
彫刻というと、ミケランジェロの「ミロのヴィーナス」や、ロダンの「考える人」のようなリアルな人物像などが浮かぶ方が多いのではないでしょうか。
しかし、ブランクーシの彫刻はちょっと違います。例えばこんなもの。
卵、卵、なんか挿さってる卵…
ぱっと見ただけでは何がモチーフになっているのか分かりづらいですが、
これは全て人物をモデルにした彫刻なのです。
こんな風変わりな彫刻を生み出し続けたブランクーシは一体どんな人なのでしょうか。そしてなぜ、こんな形にたどり着いたのでしょうか。
ブランクーシ沿革
ここで、ブランクーシについて簡単に記載します。
美術学校卒業後は、あのロダンに師事したようですが、わずか数ヶ月で辞めてしまったようです。
おそらく彫刻に対する考え方が合わなかったのではないかと思います。
というのも、ロダンのもとを去った1907年くらいから、自身の彫刻スタイルを大きく転換させていくからです。
ブランクーシの作品スタイルの変遷
初期作品
そのスタイルの変化を、実際の作品を見ながら辿ります。
まずはこちらが初期のブランクーシの作品〈プライド〉(1905)です。
よくあるブロンズの彫刻です。顔の造形や表情など、写実的に彫られています。
細かいところまで丁寧に彫られていて、かなり上級者のようにみえます。メジャーな彫刻が下手だったから路線変更した、というわけではなさそうです。
直彫り
次に、ロダンのもとを去ったころの作品です。
このころから、ブランクーシは直彫りでの作品づくりに取り組むようになります。
こちらはブランクーシの代名詞ともいえる、〈接吻〉(1907-1910)で、石膏を直彫りしてつくられた作品です。1つの塊から切り出したからこそ生まれる密着感や、石膏という素朴な素材が作品に一層温もりを与えています。組まれた腕や密着した2人の体もなんだか唇に見えてきます。これまでの彫刻は、肖像画と同じように人物を象るための道具でしたが、ブランクーシは、素材の質感や質量をも作品に活かし、絵画にはできない、3次元ならではの表現を追求したように見えます。
卵のフォルム
1910〜1920年代にかけては、卵のような作品が多く作られています。
例えばこの〈うぶごえ〉(1917)は、産まれたての赤ちゃんが大きく口を開き、産声をあげている様子が見て取れます。
きれいに磨かれた銅に、スパッと切られた口元や頭頂が印象的です。生まれたての生命の輝き、勢い、息吹が感じられます。また、鋭利な裂け目からは、泣く赤ちゃんの切迫感や絶望感も感じられます。
このような卵の形は、単に人間の頭部を象ったフォルムとしてだけでなく、次第に生命や誕生のシンボルとして、抽象性を高めていきます。
上の作品は、〈ポガニー嬢Ⅱ〉(1925)です。
マルギット・ポガニーというハンガリー出身の画家がモデルだそうで、大きな目元が印象的。また、簡略化された体に丸い頭部がまるでトーチのようです。炎のように燃え上がる情熱を持った人だったのかもしれません。
こちらは〈レダ〉(1922-1925)という作品です。レダとは、ギリシャ神話に出てくる女性の名前で、白鳥に化けたゼウスとの間に子を産んだといいます。このレダと、それにまつわる白鳥や卵は、西洋美術において人気のテーマだったようです。
ブランクーシの〈レダ〉は、卵型の彫刻に、丸みのある円錐形の彫刻が突き刺さったような形をしています。一見白鳥を模した作品にも見えますが、レダとゼウスの性交そのものを描いたようにも見て取れます。
写真
ブランクーシは自身の作品を頻繁に写真に収めていました。最初は写真家に依頼をしていたようですが、あまり気に入らなかったため、1914年頃から自分自身で撮り始め、1929年には16mmフィルムを購入し、映像も撮り始めています。
ブランクーシは、写真を、単に記録のためでなく、作品に新たな視点や発見をもたらすためのツールとして用いていたようです。
確かに、写真で見ることで、彫刻が落とす影や、作品自体の陰影がよりはっきりと見て取れます。
こちらは、〈王妃X〉(1922-1925)という作品です。実物のフォルムを見ると明らかに男性器なので、このタイトルを見た時に驚きました。しかし、下の写真をご覧ください。
これは〈王妃X〉を撮影したものです。写真に映る影を見ると、確かに女性らしい丸みが目立ち、立体物とはまた違った印象を受けます。男性性・女性性両方を持ち合わせた作品です。ちなみに先ほどの〈レダ〉も、レダとゼウス、つまり、男性と女性両方をモチーフにした作品だと思います。
また、ブランクーシは作品だけでなく自身のアトリエも頻繁に撮影していました。
日々入れ替わる作品の種類や配置は、作家の思考の移り変わりを如実に表している気がします。また、アトリエの写真の中に映る作品たちは、単体で見るよりも他作品との関係性がよりクリアに見えますね。
このアトリエの写真を通して、ブランクーシの一連の創作活動を俯瞰して見ることができるように思います。
鳥
ブランクーシの作品の中で、卵と同じくらいよく用いられたモチーフが「鳥」です。1920年-30年代にかけて鳥をモチーフにした多くの作品が作られました。
この〈空間の鳥〉(1923-1941)は、マイアストラと呼ばれる、ルーマニアの民話に登場する魔力を持つ神秘の鳥を表現したものだそうです。この鳥には羽や手足などはなく、空間を切り裂くような鋭いフォルムです。ブランクーシは、鳥そのものというよりは、天空に飛んでいく現象に焦点を当てていたようです。人物の彫刻と同様に、鳥の本質的な部分を切り出し、力強く描き出すことに重きを置いています。
まとめ
ここまでブランクーシの作品の変遷を見てきました。
ブランクーシは、ロダンのもとを離れてから、一貫して物体の本質を切り出すことに命を懸けていたようです。
物体に宿る「目に見えない性質」を捉え、表現しようとする試みは、現代のコンセプチュアル・アートの先駆けとも言えるかもしれません。
現に、あの〈泉〉で有名なマルセル・デュシャンも、ブランクーシの作品を高く評価していました。アメリカで展覧会を複数企画し、ブランクーシを知人に紹介したり、仕事上の人脈を使って宣伝したりしていたそうです。
また、ブランクーシの作品では、先ほど紹介した〈王妃X〉や〈レダ〉に見られるような、モチーフの両義性・多面性もかなり意識されています。
素材違いの同じ形の作品、写真、作品の影、抽象的・多義的なフォルムなどを通して、人間や物体が、一つの形に定まらない「現象」として立ち現れる様を強調したかったのかもしれません。