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第七十七話「LOOP」2025年1月11日土曜日 晴れ
初詣デートから一夜明けた土曜日。世間は三連休に入る土曜日だった。
朝、私はケトルを火にかけ、ハーブティーを淹れる。デート明けの気怠い朝の目覚めにハーブティー。こう表すとなかなか色っぽいが、なんのことはない。二人合わせて100歳を超えるカップルだ。焼肉とお酒で浮腫んだ身体をケアするだけだ。
N美さんは船長のキッチンに出勤した。私は借財の事務処理と今後のレンタルキッチン出店の問い合わせを行う。あとは家事だ。
掃除は苦手なので、洗濯と作り置きのおかずの下拵えをする。白滝を酒と醤油、顆粒出汁で炒めておく。これだけでおかずのバリエーションが増える。
そうこうしているうちに約束の時間になった。私の住む街の隣駅にある、ワインバーに行く約束なのだ。
その店の最寄駅から10分程度住宅地へ歩くと、目的の「WineBar LOOP」はある。
私が店長をしていたワインバルの常連さんだった女性が開業した店である。凄腕のソムリエであり、へっぽこソムリエの私はよく助けていただいた。世話になっていたのに忙しさを理由に無沙汰をしていた。失業して時間ができるというのも皮肉なものだが、こういう時期でもないとゆっくり飲むこともできない。
開店時刻と同時に入った。三連休の初日である。おそらく賑わうはずだ。そうなったらすぐ帰ろう。
仕込み中のゆかさんが迎えてくれた。
「いらっしゃーい!」
開放的なファザード、カウンターは4席。ローテーブルとソファーの席が2つ、さらに壁側に小さなカウンター席がひとつ。小体な店とはいえ、これをひとりで回すのは大変だろう。さすがだ。
幸い1番目の客だ。彼女とゆっくり話せるカウンターの特等席についた。
これまでとは逆の配置。お互い少し戸惑う。なぁに、酒が入ればそんなのは関係ない。彼女が勧める軽快なワインで乾杯した。
彼女の選んだワインに間違いはない。オーストリアのグリューナー・ヴェルトリーナー。草花を連想させる香りを持つ品種は、私の好きな品種だった。
カウンターでワインを飲むという経験があまりない。しかもよく知ったゆかさんが目の前で接客してくれている。緊張したのだろう。私のペースが早い。これでは、闇雲にグラスが増えるだけだ。
「一番リーズナブルな赤ワインを、ボトルでください」
懐も寂しい。ここで見栄を張っても逆に不恰好なだけだ。正直にオーダーした。
「あいよ!」
ゆかさんも変に足元を見たり、哀れんだりしたない。フラットでいてくれる。私の事情を知っているからではない。彼女はいつもこうなのだ。
華奢な身体が軽やかに動き、セラーからボトルを持ってくる。元々はダンサーだったそうだが、その体型と動きに衰えはないようだ。
フランス南部、ラングドック・ルーションのカベルネ・ソーヴィニヨンのワインを提案してくれた。香りは豊かでタンニンが柔らかく、喉越しが良い。これも私の好きなタイプだ。彼女のグラスにも注ぐ。
いろんな話しをした。私が店長時代のワインバルの思い出、彼女の独立時の苦労話、私と現状とこれから。
このLOOPで行われるワイン会についても話した。ワインの資格保持者も多く集まるそうだ。私も誘ってくれた。
「でも、おれなんか参加していいんですか?」
「あんたもソムリエ資格持ってるでしょうよ」
彼女は酔うと姐御肌の口調になるのだ。
「あ、いや、おれはソムリエのペーパードライバーなんで。資格は持ってるけど、実地で路上走ったことなくて」
「店でワイン提供してんでしょう?バッジつけて」
「そんなすごい先輩たちの集まる会でワインについて語れないですよ」
「ペーパードライバーだから、首都高は走れません、雪道は無理です、ハイオクってなんですか?ってこと?」
「そうそう」と軽く相槌を打つ。
「ふざけんじゃないわよ!私の権限で資格剥奪するよ!」
と温かい叱責が降ってきた。お互い、顔を見合わせて笑う。
彼女は凄腕のソムリエだが、協会の幹部ではもちろんない。彼女が私のバッジを剥奪することはできない。彼女なりの愛ある檄なのである。
「ワイン会、来なさいよ。何をするにしても知り合いは多い方がいい。小さいことでも何か相談できる人がいるって心強いから」
優しい言葉だった。
私は、参加することにした。
ワイン会は毎回おつまみが用意され、それが参加者の持ちよりワインのテーマにもなる。
次回、私が参加する会は「おでん」だそうだ。
おでんとワインのペアリング。
なかなかおもしろい。
ゆかさんのおでん。
きっと心まで温まるだろう。
オーナーのゆかさんにはご許可をいただき、記事にしております。
ゆかさん、ありがとうございます。
ワイン会、楽しみにしています。
文字数の都合上、おつまみの紹介ができませんでしたが、
砂肝のコンフィとローストビーフをいただきました。
どちらもゆかさんのお手製です。
(画像がないのもすいません!)
とても美味しかったです!
特に、ローストビーフの西洋ワサビのソースは絶品です!!
ぜひお試しください。