ベジタリアンのまなざし(第1回
あの無性生物のような女児に精神をもてあそばれたような気がする歳月からはや七年半が経とうとしている。
嗚呼、あれは疫病の流行りだしから一年ぐらいが経過した夏の頃だったかしら?
あの「ベジタボー(多忙)娘」は再度どこか遠くで、とおーーーーくで、
「あんた」が小さな豆粒にしか見えないような遠くからおずおずとまたぞろ近づき出して「しまって」、僕のような不細工やデブであられたりされる男を『錯乱坊』にさせてしまっているのカイヤ・川崎?
もう、今はもう、届かぬこの声を一体、何故僕がいきり立ちもせずに喉仏から発してしまっているのかも分からない、そのような覚束なさは確かにこの僕の自身のKinmochi を、
「できれば君と知り合う以前の僕に返してほしいのだ」
という風にさえする(冴えわたった風味のおにぎりのよう)…
そしてね、あれからというものの君のおちんけな『企画お紅茶』はベジタリアンのあいだですこぶる好評ですよ。
だから帰っておいでよ、ここへ。
僕のところへ。お膝へ。
嗚呼そうよね、ええ。
だってそうだものね。君にだってメンスぐらいあるものなあ(mission/キモスを許せ!!)。
すまぬ、拙者まことに。
レディーにあんなこと申したこと…
もう、もうこうなったら例の朱いモノだってそのままにしているさ、サリー…
あの蒼しクッショヌ。
ははは、じゃないか。HAHA。
それからね、きみの元親友であり僕の妹のマコはこの冬、センター試験に受かりましたとさ、と言わせて。
頑張ったでしょ?我々のマコ。
加えてその節はお世話になりました。お騒がせしました。
「死ヌ…」
とか騒ぎ出したてまつらせたりして(苦笑)。
あれからマコ本人によく言って聞かせときました…
「馬鹿言うんじゃないよ、この☆の汚染車が!!」とね。(僕も結局はミートイーターに逆戻りです←自業自得。それにしてもそなたのあの捨て台詞は下品が過ぎますことよ)←(「○器洗って出直して来い!!襟元を正しなさい!!etc…」)
それにしてもかの文明の「身体包囲型電球」と、それに伴う「死に神ルーレット」には未だ倫理観の議論が渦巻いたままの世の中でもこの頃は、少し熱量を下げたような、少しは腹を括ったような感じがしていて、この僕個人にとってみればよかったようなそうでもないような感感感…ってのが本音で。
何故ならば、吠える理由がなくなったので精気が失せてしまった老犬になったかのような風通しの悪い苛立ちたちが、また僕のこのほの白いお腹をPoyopoyoにしている事実がありつつもさらに、「加速も辞さない」といったような面様に、嫌になってオシマイの香り、etc…。
いつもいつまでもどこまでもキリがなくてさ…(頭痛がするので病院へ行くつもりです)。
要は生きていたくないときもあるっていう例のお話しのことですが(また叱られちゃうかな?そしたら笑っちゃうよねえ…
Ah,愛おしい芽ca産ちゃん…)
いずれにせよ君の訳の分からない、そうであるのか定かでない聡明さやその気でもないような根拠もないのにただただ正しい情熱にはいくら歳を延長したガンジーでも脱帽なんだって話で。
きっとガンジー本人もそう言うと思うよ。
何故なら僕がそう思っているからです。
それが大事だと貴女が言ったからです。
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勢いでつれづれに書き下ろした一回目になります。
読み返してみてもちょっとどうなのか分からないですが、載せています。
こんなモノを読んでいただいてほんとうに感謝の言葉も見つかりません。
いつだか近い過去に、
「巧さや面白さは、その巧さや面白さこそがつまらない」
と著名な文人が言っていて、僕もそう思いますといった趣旨の誰だか歌人のtweetを目にしましたが、私はなんてひねくれた見解だろうと正直思い
ました。
そもそも、「巧さ・面白さ」が「つまらない」というのは、文章としておかしくないか?
と思いました。「つまらない」ものはそもそも
「巧さ・面白さ」と名付かないですよね?
私の言っている意味をお分かりいただけるお分かりいただけるであろう
か…?(^_^;)
一人称の中で完結できる意見ではないですよね…?
言ってる私もちょっと自信がないのですが…。
私は芥川賞が発表されても読まなくなった派です。
理由ははしょりますが。
個人的には現代だと三島由紀夫賞の方が価値があ
ると思い込んでいます。戻りますが、
上記『ベジタリアンのまなざし』のようなモノが、
「巧く、且つ面白い!!」と推すつもりも自信も
毛頭なく、
それは読んでくださった方々が快く思うか不快に
感じるかはもうあちらに投げてしまう性質のもので、川の向こうに届くか
水にぽちゃんと落ちてしまうのかについて、「巧い」とも「面白い」とも
あらかじめ題するモノではないと思います。
また他人のものを、「○○こそがつまらない」と
いったことを豪語するのも私人個人としては致したくない。が、時々やってしまう。
でも(言い訳にしかならないんだとは思いますが)最終的には
「やってしまった」とは思います。私自身が不調だっただけなのを他人に押しつ
けて向こう岸も不快にしようと試みただけなのだと。
現に、近い過去twitter社からアカウント凍結通知も出ました。
悪いのは私だというのは自覚しています。
そんな私が偉そうなこと、ホントウに申し上げる資格はないものの、敢えて
どの口叩いてみますが、
ポジショントークというものは、人を深く傷つけるものです。
「〇〇は○○だ!!」
という台詞は着地すらできないのに、ただ胸を深くえぐることだけできる殺戮兵器で、
野菜や肉を切ることのできるナイフのほうがよっぽど優秀です。
落ち込んでいる人を励ますとき、悪いことをした部下を叱るとき、誰かを指南するとき、
その言葉にうぬぼれはないか、我々は考えなければならないと
思う。
それは、『私』の為に言ってはいないか?
相手を自己肯定の道具にしていないか?
その人は食べるものすらないのではないか?
誰かを失った直後ではないのか?
ほかにもたくさんあると思う。
痛みの形は世界の人口分ある。
ポジショントークをしたあとで開き直るなんて言語道断だと思います、
私は。
おっと、ポジショントークがかってきてしまった…
ただ、きれい事言うんなら、
「単純な多様性を叫ぶ世界」ではなく、
「弱さを受け入れろとごり押しするだらしない世界」でもなく、
「規律でがんじがらめの窮屈な世界」でもなく、
「不条理の蔓延するダーティールームな世界」でもなく、
ただ透明でどこまでも広がる「自由」よりもずっとはるか向こうにある
何かに手を伸ばして伸ばしてただ心地いい渇望をずっとず感じ続け、しかし
いつもうつむきがちなどうしようもなく切ない世界があったら
いいなあとただぼんやり思います。
でもそれってもう体現されてるこの世界なんでしょうかね?
それこそ「不条理の蔓延するダーティールーム」
なんですかね?
神の在不在の話はちょっと避けたいのでこのへんで…
読みづらい箇所もあったかと存じますが、くだらない話にここまで目を通し
ていただき本当に感謝しかないです。
ずうずうしいお願いですが、スキやフォロー、コメント宜しくです。
明日、金曜拙著拙著『白鳥の傷には品格がない』の第4回目の更新を致します。
尚、今回の愚著『ベジタリアンのまなざし』は不定期で発信して参ります。
口語と本筋がごっちゃな文体を誰に許可されたのかむりくり貫いていて、読みにくいと思いますが…
(そこらへんの技法とかの事情をご存じの方いたら教えてください)。
Gracias por leerlo hasta el final!!11🐢⭐️
2022/02/03吉日💖
ぽるず11🐢
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