小説「幻惑の死と使途」森博嗣。を読んで勝手にお気に入りのフレーズ書いてみた。
最初にお伝えしたいのは、このタイトルの語呂の素晴らしさ。
「幻惑の死と使途」最上級にクールなブラックジョーク×親父ギャグです(親父ギャグという表現は失礼ですね。)
最近は森博嗣先生の作品ばかり読んでる気がします。
簡単にあらすじを書いておきたいと思います。
「諸君が一度でも私の名前を呼べば、どんな密室からも抜け出してみせよう」いかなる状況からも奇跡の脱出を果たす天才奇術師・有里匠幻がマジックショーの最中に殺された。しかも遺体は、霊柩車から消失。これは匠幻最後の脱出か?幾度にも重なる謎に秘められた事実を犀川・西之園の理系師弟が解明する。
先生の作品は、ただ事件を解決するだけじゃないんですよね。作品の中でも出てきましたが本来の目的を試行していたら、全く別の知識が身についたり事実を知ったり、する事ってないですか?
犀川先生の言葉で表すと・・・
何かに気づいて、新しい世界が見えたりするたびに、違うところも見えてくる。自分自身も見えてくるんだ。面白いと思ったり、何かに感動するたびに、同じ分だけ、全然関係ない他の事にも気がつく。これは、どこかでバランスを取ろうとしてるのかもしれない。たとえば、合理的なことを一つ知ると、感情的なことが一つ理解できる。どうも、そういうふうに人間はできているみたいだ。
私自身ゴリゴリの文系女子なので、とにかく理系ジョークが面白くて。
主人公・犀川先生と西之園萌絵、2人の会話なども新鮮で笑ってしまうシーンも多いですし、理解するまでに時間がかかってポカンとするジョークがあったりと、つい先に先にと読み進めてしまいます。
事件もよくある殺人事件ではなかなか遭遇する事がないような様々なトリックが展開されていくのが特徴です。特にFシリーズは読み出したら止まりません・・・(勝手にFシリーズと命名してますが、「すべてはFになる」シリーズの略です。笑)
ここからはまた勝手にランキング形式でいってみます。
第4位
綺麗という形容詞は、たぶん、人間の生き方を形容するための言葉だ。服装とかじゃなくてね。
(ジョークが入ってる部分が可愛くて好き。)
第3位
ちょっとしたことから、相手を憎み、憎むことでまた妄想が拡大する。人間だけが殺人を行うのは、人間だけにあるこの妄想力のためだろう。
(鋭く人間の愚かさを特別な能力として表現してるところがイイ。)
第2位
人の会話は、思っている内容を全部しゃべることが不可能であるがゆえに、必ず不連続になる。人は何のために生きているのか。ある者は、呼吸するために生きている。ある者は、思考のために、またある者は、生きていることさえ自覚していない。ただし、これらを象徴するものは、すべて言葉であり、記号であり、すなわち、ものにつけられた名前なのだ。
(哲学要素が含まれてますね。名前がない感情や名前がない現象は説明することが不可能。よって人の複雑さすべてを理解することも伝えることも不可能)
第1位
人はアウトプットするときだけ、個たる「人」であり、それ以外は「人々」でしかない。そのアウトプットの目的がなんであれ、他者(多くの場合、自分自身を含むが)に何かを伝えない限り「人」となりえない。
この言葉を読んでいると
noteに登録したのは
もしかしたら「人々」から「人」へ、なりたかったからなのかもしれません。
好きな風景、写真、ことば、なんでもいい。
自分自身が好きだなって思うもの。
今、誰かに、伝えたいこと。
それを自由に、少しかっこよく、クリエイティブにアウトプットする。
今日もせっせと投稿をする、本当の目的は「人」になれるから。
なのかもしれませんね。
今回も勝手に好きなフレーズ書いてみましたが、森博嗣先生の「幻惑の死と使途」を読んだことがある方、コメントお待ちしてます。スキでも嬉しいです。また興味を持って本を読んでいただけるのならば幸いです。読後には是非感想送っていただけると、また嬉しいです。
もしお時間が許すなら、語り合いたいですね〜。楽しみにしてます。
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