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肉男と忘れられない肉の話

男には忘れられない肉の話がある。

そう、誰にでも忘れられない異性や忘れられない初恋があるように。

好きな肉と聞かれれば嗜好やシチュエーションにあわせて様々あるだろう。

食べるのが好きな肉と言われればすき焼きだし、調理するのが好きな肉と言われれば角煮一択だ。

仲間と一緒にわいわい食べるなら焼肉。

北海道に行けばジンギスカンだ。

北千住あたりで一杯ひっかけるなら焼き鳥だし、赤羽あたりでモツ煮もいい。

ちょっとした記念日には鉄板焼きなんてのも景気が良くていい。


でも”忘れられない肉”と聞かれればあの肉しかない。

そう、あれはまだやめ太郎が新卒入社した会社で2カ所目の勤務地である札幌で働いていた26歳〜27歳頃の話だ。

まだ全然やめてない頃の話だ。


当時勤務していた会社は謂わゆる、ザ・大企業で全国各地に営業所があった。

そして主要なエリアにはバブルの遺産のように古びた社宅も残っていた。

札幌もその一つで、いくつか社宅があったけどやめ太郎が入居した社宅はその中でもとびきり古い社宅だった。

2006年当時に既に築55年くらいだったはずだ。
この社宅はその2年後に取り壊された訳だけど、風呂のガス湯沸かし器なんて手動でカチカチとレバーを回して点火する代物だったし、断熱材とか二重サッシなんてものは勿論ないから兎に角寒かった。

そんな社宅は取り壊しが決まっている事もあって空き部屋だらけだった。
そして20代の若い社員が10人くらい住んでいた。

肉男(ニクオ)もそのひとりで、やめ太郎より2年後に入社した後輩だった。

肉男はその名の通り(もちろん本名は違う)、肉と酒が大好きな奴だった。

風の噂では今では立派に昇進してどこかで支店長をやっているようだ。

そんな肉男は腹が減ったり、給料前に金欠になると必ずこんなショートメールをやめ太郎に送ってきた。

「アニイ、ニクガクイタイ、ニクガクイタイ」と。

物乞いのようであるが何だか憎めない奴でよく飯を食べにいった。

カツ丼、カツカレー、焼肉、焼肉、焼肉と。

仕事帰りにたまたま顔を合わせた時でも「肉男、飯食いに行くか?」と誘うと、必ず「そこに肉はありますか?」という返事がかえってきたもんだ。

本当によくご馳走したもんだ。

まあ、やめ太郎もその分いろいろな先輩にご馳走になった訳だけど。


ある日珍しく、というか初めて肉男が、「アニイ、いつもご馳走になっているので今日は僕に奢らせてください」と誘ってきた。

勤務後に社宅にある肉男の部屋に集合との事だった。

18時半頃に肉男の部屋に入った。

特段料理の準備をしている様子もなかったので、よもや外食か?と思っていると、「飯は炊いてあります、あとは仕入れに行くだけなんでちょっと待ってください」と言う。

「仕入れ??」

ビールを飲みながら時間を潰していると「そろそろ仕入れの時間です。いきましょう。」とのことで向かったのは近所にあったスーパーマーケット。まあ北海道ならどこにでもあるごく普通のスーパーマーケットだ。

入店するや否や、一目散に精肉売り場へ向かった肉男が手にしたのは”半額”のシールが貼ってあるステーキ肉。

それをなんと4枚。

本来1,000円くらいの肉が半額で500円。

それを4枚だから2,000円。

「いやあ、今日はなかなかいい肉を仕入れましたぜアニイ」と得意気な肉男。

帰宅して早速調理が始まった。

フライパンにステーキ肉を投入、「今日はいつものお礼なんでアニイが先に食べてください」と言いながら手にしていたのはモランボンのステーキソース。

それを大量に投入。ジュワっという音とともに一気に白煙が上がる。

「いっちょあがり」と目の前に運ばれてきたのはどんぶり飯の上にステーキ肉が乗ったステーキ丼。

そこにワサビもなければ、いろどり野菜もない、朴訥としたまさに肉男そのもののようなステーキ丼だ。

「遠慮しないで食べてください!!アニイ」

食べる。

まあ、普通のステーキだ。

可もなく不可もない。普通にうまい。

「今からオカズ準備するんで食べていてください!!」というので食べすすめた。

ああ、オカズも実はあるのね?と。

数分後、「お待たせしましたアニイ」という声と同時に目の前のちゃぶ台にガタンと置かれたのは白い平皿に乗ったステーキ。

そしてモランボンのステーキソースがかかっている。

なるほど。

ステーキをおかずにステーキ丼を食べろということか。

「最近発見した一番美味しくステーキ丼を食べる方法がこれです。ステーキをオカズにステーキ丼食べれば間違いなく美味しいし最高じゃないですかアニイ!!」と。

古き良き時代の話だ。


毎年この師走、特に年末になると肉男とこの半額ステーキを思い出す。

なぜなら肉男の誕生日は1月1日の元旦だからだ。

奴は酔っ払った際に、どこかの路端にいた易者さんに手相占いをしてもらったことがあるそうだ。

易者さん曰く、肉男は100万人に1人の幸運な手相の持ち主らしい。

徳川家康か豊臣秀吉くらいの大物になると。


そんな肉男にはお姉さんもいるらしいのだけど、

なんとそのお姉さんの誕生日も

1月1日の元旦。


肉男よ。


きっとそういうことなんだろう。


あー、お仕事したい。




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