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【歌謡ノベルズ】サムライ











ガランとしたとてつもなくだだっ広い部屋に、大きめのベッド。そこでゆっくり味わう、見た目より軽快な吸い心地の両切り黒煙草ゴロワーズ。そして日の入る辺りに大きな鳥籠。中にはカナリアが一匹。なに、とっくに鳴き方なんかは忘れちまってる。
片手にピストル。外人部隊仕込みだ。並の使い方じゃない。本気で使えなけりゃ意味はない。まずはコイツを準備する。
心に花束。お前にだけは赤いバラを贈った。死ぬ前に一目あの瞳を思い出せればそれでいい。
唇に火の酒。燃え上がるように強い液体でまるで体を清めるように。俺の汚れを拭い去るように。さっき勝ち割った頭のように作った冷たい氷を、大きめの低いグラスに入れながらこしらえる仄かな甘みの吟醸酒、ライムジュースとレモンを片手で絞り入れ、指で大きくかき回す。"サムライ"カクテルの出来上がりだ。
そして背中に人生を。どうせ大した人生じゃない。尋常な商売とは言えやしない。だけどお前にだけはカッコいい最後を見せたいだけだ。
あぁ。

ここに居てくれて、ありがとう。ジェニー。お前はイイ女だった。だけどよくご機嫌ななめだった。ジューシーなフルーツを俺のカクテルを作るように絞ってやれば、少しは気が納まって、そのまま抱き合って眠ってくれた。それは半端なワインより俺を酔わせてくれたよ。これが一匹狼の殺し屋である俺の、最もクールな、最も極上な時間だった。
だけどジェニー、あばよ。ジェニー。
この駆け上がるようなジャズオルガンがふと途切れたら、俺は行かなくちゃいけないんだよ。
慎重に慎重を重ねた仕事が大切なんだ。
まだ夜明け前さ。寝顔にキスでもしてあげたいけど、そしたら全ては水の泡。俺の仕事を待ってるヤツラが居るらしい。お前の唇を思い出したら、一日旅立ちが延びるだろう。そんな事になったら大変だ。
男は誰でも不幸なサムライ。サムライほど深い孤独の中にいる者はいないんだ。未練を残す花園で眠れぬこともあるんだよ。恐らくそれは密林のトラ以上だ。

片手にピストル。アリバイの口裏合わせ。ボロは出すな。口数が多い奴は命取りだ。
心に花束。メトロは上手く乗り継げよ。つけられたらあとが厄介だ。乗ったと思わせて直ぐ降りて、反対側のホームへ行くんだ。支線に乗り換えろ。ぐるっと廻ってまた振り出しへ戻る。
唇に火の酒。今はそんな場合じゃない。乗った途端に車体の後ろがずっしり下がるシトロエンのDS(デーエス)。特殊な鍵束でそのうち発車できるだろ。ナンバープレートも違うのに替えておかなきゃならない。
そして背中に人生を。自分の人生も捨てちまうように手袋はセーヌ川ヘ放り投げちまえ。何もかもいらないよ。お前の瞳だけを最後に思い出すことができれば。
あぁ。あぁ。

ありがとうジェニー。これで膝の曲がりはホールド可能。こっちはジョイントがあるから、首をかしげるポーズがとれるエンジェルズガーデンボディ。お前はいい女だった。色んなポージングが可能で完璧な1/6寸法はスーパーアクションボディ。お前と暮らすのが幸せだろうな。実際の人間のボディラインに近い自然なつくりがたまらない、ナチュラルボディ。だけどジェニー。お前はただの人形さ。バービー程に体は大きくなかったけど。その方が俺には合っていた。あばよジェニー。でもそれが男にはできないのだよ。
トレンチにソフト帽。部屋から出たならもう外は冷たい木枯らし。いつだって孤独と戦う。俺だって孤独が怖い時もある。お前の身体の温もりが消えてゆく。生身の人間なんて冷たいもんさ。人形は裏切らない。俺が何も喋らなくても怒らない。ただ目が死んでいることだけを除けば。お前は気づいていなかったかもしれない。盗聴器が仕掛けられていたことなんて。羽を撒き散らして落ち着かないカナリアが教えてくれたさ。
男はいつでも哀しいサムライ。10分に一回車の爆発するダイ・ハードな映画と違って、このフレンチ・フィルム・ノワールの『サムライ』は、殺し屋だっていうのに幸せに照れてることもあるんだよ。だからさ、ラストは生きてお前に会うことは二度とないんだ。優しすぎて女には弾の入ったピストルも向けられない。この殺し屋の失敗と死を、ただ美しく映し出せればそれでいいんだ。







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映画『サムライ』予告 1967年 監督 ジャン・ピエール・メルヴィル




そして、最後にご報告。

うれしいお知らせ頂きました。

みなさま、ありがとうございました!!

またどーぞよろしく😘



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