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ジュンパ・ラヒリブームが続いている。『わたしのいるところ』『べつの言葉で』に続き、『停電の夜に』ときた。個人的にはこの順序で読んで良かったなと思うところがあって、何故なら、ラヒリの描く孤独に触れ→孤独の根源(言語や国にまつわるもの)を知り→ラヒリの思う人と人、国と国の隔たりを感じとることができたからだったりする。今回は短編集『停電の夜に』について備忘録的に思ったところを書きたい。

ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』

収録されているお話しは九編。なかでも極めて良かったのは表題作「停電の夜に」と「病気の通訳」。心の機微を丹念に拾って、物語にトレースしていく点ではどの短編にも共通しているけれど、この二本は視覚的描写が圧倒的に良くて、読んでいるときについつい「映画化するなら監督は誰が良いか……」と考えてしまうくらいだった。

まずは、「停電の夜に」。主人公の妻が死産を経験したことをきっかけに、よそよそしく耐え難い壁が二人の間に出来てしまう。ある日、彼らの住む地区一帯が、毎晩20時から1時間だけ停電することが報らされ、蝋燭の灯りで過ごさなくてならなくなった……。まず、この強制的に生まれる暗闇が良い。誕生日を祝うために使う予定だった蝋燭に火をつけるあたりなんて、そのアイテムの選択からしてぞくぞくする。二人の間の壁を曖昧にさせる暗闇で、普段言えない打ち明け話を言い合うなんてアイデアも良い。相手の顔が見えるか見えないかという具合の、弱々しい火が想像できる。カメラを設置するなら、彼らの真正面。真っ向から切り返しながら二人のやり取りを描くんだろうなと思ってしまう。非現実的なことを言えばカサヴェテスに監督してもらいたい。妥当なところでは、濱口竜介の演出でも観てみたい。

お次は「病気の通訳」。この滲み出る官能さたるやもうお腹いっぱい。ラヒリ、こんなものも書けるんだ!という驚き。観光案内人の運転手が、乗客の家族の人妻に胸を高鳴らせるお話なのだけど、「視線劇」が素晴らしいと思う。車のミラー越しにチラ見する描写は勿論、人妻を後ろから見つめるシーンや、隣に彼女を意識しながらもあくまで正面を見ようとするくだりなど、運転手の視線から目が離せない。それに加え、人妻に自分の住所を紙に書いて渡すとき、緊張から出た汗で紙が丸まる等の細部も十分に楽しめた。ラヒリ恐ろしい……。

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