イライラの根源は中学受験にあった〜欠落感から得られたもの
初めて触るAndroidを操作できずにイライラが爆発した話を綴った翌日、「あ!!」と思い出しました。
自分のペースでものごとが進まないことにイライラを抑えられない、その根源となった出来事を。
過去のネガティブな感情は、マイナスと同じだけあるプラスを見つけて昇華されていたので、すっかり忘れていました。
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あれは、38年前の中学受験。
2次試験通過者が集う会場で、補欠合格者を決めるという抽選がありました。
数字が書かれたボールを箱から順にとっていくと、最後にボールが 1つ残る。
その番号が「116」だとしたら、「115」が補欠15番目、「114」が補欠14番目……と繰り上がっていくのだそう。
たしか、百何十人のうち、補欠になるのが十数名。
「いくら運の悪い私でも、補欠になるわけがない」
そう信じていた私でしたが、手が震えて、なかなかボールがつかめません。
どれにしようと迷っていた私は、箱を持つスタッフさんから「早くとりなさい!」という『圧』を感じました。
実際には、誰も何も言っていません。
それなのに、私は焦ってしまったんですね。
しかして、その結果は……
え??補欠の最終番!?
言葉を失いました。
「あのとき、圧に負けずに自分のペースでボールをつかんでいたら……」
その後、何年も後悔が消えませんでした。
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このときの経験が、「自分のペースでできなかった」という欠落感になりました。
そして、切望するようになったんです。
自分のやりたいことを、自分のペースで取り組みたい!
人の圧に左右されない自分になりたい!
って。
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どうやれば、自分のペースでものごとに取り組めるだろう。
人に左右されなくなるだろう。
それ以来、ものすごく考えるようになりました。
自分のペースで取り組むには自分軸が必要だということに、中学生なりに気づいたのでしょう。
たとえば、先生方の話を真に受けず、「そんなのおかしい」と反感をもち、なにがどうおかしいのかを論理的に考え、試行錯誤し、自分の考えを持つようになったんです。
とはいえ、優等生然であることは続けていた私のこと。
先生には言わずに自分の胸の内にしまっていたので、ロジックはまだまだ甘かったです(笑)
好きな先生の話などは、100%信じていたりもしましたから。
(社会人になってから正しい知識を得て、「話が違うやん!」と驚愕したこともあります)
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・情報を集めて、考察して、自分の考えを持つ
・自分で試行錯誤してみる
・権力がある人、ポジションが高い人に圧倒されない
・反骨精神をベースに努力する
これらは「自分のペースでできない」という欠落感から磨かれた、私の才能です。
欠落感が大きかったからこそ、それを埋めようと無意識に取り組み続けることができたんですね。
ありがたいことです。
「選択肢を人に奪われるのが嫌だ」という欠落感からは、たくさんの選択肢を持てるように主体的に行動するようになりました。
これが私の《最高の価値観(人生で最も大切に思うもの)》につながっています。
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私が欠落感が才能をもたらしてくれることを知り、その素晴らしさを実感できたのは、40歳をすぎてからのこと。
おかげさまで、「中学受験で抽選で落ちた」という経験は、ネガティブな感情を引き起こすものではなくなり、「焦らされたから落ちたんだ」といった他責思考の癖も手放すことができました。
私のペースを乱す「ヒト」や「コト(状況)」に対してイライラしなくなったのも、プラスとマイナスの両面が見られるようになったおかげさまです。
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そんな私が、先日直面したのが「Androidが思ったように動かない事件」。
「ヒト」や「コト」に対しては出なくなったイライラが、「モノ」には出てしまうという自身の課題に気づくことができました。
\課題がある=伸びしろ満載/
人生って、楽しいですね。
「私が私である」ことの確信へ導く魔法使い
御影石 千夏
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