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うそつきんいろ

金色にならない「きんいろ」色えんぴつ
絵を返してよ、うそつきんいろ。

「あれ?」
まことくんの、あれ?は、なんでも気がつく。
「ふみちゃんの、この王子さまのかんむり、茶色いね?」
なんでも気がつくから、わたしがしょんぼりしているのにも気がついた。
いつも、ぴしっ、としているまゆ毛が「八」の形になる。
「ごめん......いやだった?」
わたしはすぐに返事ができなくて、首をふった。ほっぺにかみの毛がぱしぱし当たった。いやだ、というより、かなしいんだ。くやしいんだ。うらんでるんだ、あれ、、を。
うつむいたわたしをまことくんが待っていてくれたから、わたしは、むねの中につまっていたゴツゴツしたもの、ゆだんしたらなみだを押し出しちゃいそうなそれを、ふぅ、とため息にして出すことができた。
わたしは、きのうのことを、まことくんに話した。

〈色えんぴつで かきましょう〉
黒板には竹内先生のきれいな字がすらっと整列していて、それが前にあるだけで、クラスのみんながちょっとだけ、きちんとする気がした。
きのうの図画工作は、『きんのかんむり』のお話の中で、気に入った場面を絵にかく時間だった。
わたしは、とっても好きな場面があって、それが本当に目で見たみたいに思いうかんで、どんどんどんどん下がきをした。楽しくて、頭の中にある細かいところまでどんどんかいていった。だから、学校にいる間にかき終わらなくて、宿題になった。
家に帰ってから、おやつをぱぱっと食べて、わたしはすぐに絵の続きをした。

『きんのかんむり』で、王さまが死んでしまった後、むりやり女王になったまま母、、、が、王子さまを追い出そうとする。王さまはそのことに気づいていて、死ぬ前に、王子さまに〈王の金のかんむり〉をわたしていた。
けれど、女王は家来に世界で一番の金を買って来させて、国で一番の金細工人に新しいかんむりを作らせた。そして、「私のかんむりのほうが美しい、だから私が本物の王だ」といって、王子さまをろうやに入れてしまった。
そのとき、女王の家来のふりをして王子さまを助けていた大臣が、王子さまのかんむりをこっそり手に入れて、町へ持っていった。大臣は、死んでしまった王さまの家来で、年を取ったのでお城の仕事をやめていた〈腕利うでききの金細工人きんざいくにん〉のおじいさんに、王子さまのかんむりをみがいてもらった。
〈大臣は、金細工人のふしくれ立った指が布をどけるのをじっと見ていました。灰色のぼろきれのような布はしっとりとしていて、よく見れば、とてもなめらかです。布がするりとテーブルに落ちると、そこには、本物の、王のかんむりが光っていました。ろうそくの灯りひとつのうす暗い部屋の中で、かんむりは、夏の朝日のように強く、冬の夕日のように静かに、秋の月のように深く、春の月のようにほがらかに、かがやいていました。〉
大臣は王子さまを助け出して、女王が国民におひろめをしているバルコニーへ連れていった。
王子さまは、そのかんむりをかぶって、みんなの前へ出ていった。
青空の下で、本物の〈王のかんむり〉はこれ以上ないほど美しくかがやいた。民たちも、こわがっていうことをきいていた家来たちも、「王子さまのかんむりが本物だ!女王のかんむりがにせものだ!」といって、女王とその家来たちをみんな、ろうやにいれてしまった――

わたしは、青空の下のかんむりをかいていた。女王とそのかんむりは画用紙のはしっこにいる。王のかんむりをかぶった王子さまはバルコニーの真ん中で、むねをはって立っている。石で作られた丸いバルコニー。家来がかかげている、運動会のゆう勝旗しょうきよりも重そうな旗。ラッパをかまえてならんでいる家来たち。王子さまのななめ後ろで、どっしりとひかえている大臣。

下がきは、とっても上手にできた。わたしは色えんぴつをランドセルから取り出して、できるだけていねいにぬり始めた。家来の服はみどり色。大きな旗は赤むらさき色。大事なところは後回し。夕ごはんまでには、王子さまと女王をのこして、ほとんど全部をぬり終わった。

夕ごはんは大好きな親子どんだったけれど、急いで食べて、わたしは画用紙と色えんぴつの前にもどった。
女王の頭から下をぬりながら、うーん、と考えた。女王のかんむりは世界一の金なんだから、きれいじゃないとね。よし、黄色にしよう。でもそれなら、王子さまのかんむりは?ふつうの黄色じゃ女王と同じになっちゃう。「本物」って何だろう?ぴかぴかの金色と、何がちがうんだろう?
そのとき、お話の言葉を思い出した。
〈秋の月のように深く〉
わたしは、ふかく、ふかく、とつぶやきながら色えんぴつをなでていった。そうしたら、いつもは全然使わない色にさわった。
 きんいろ
そうだ、これ、金色だった。
色えんぴつ屋さんが「きんいろ」っていう色だもん、これが本物の金色なんだ。ぬってみよう。

「きんいろ」の色えんぴつは、ほかの色よりも色がつきにくい気がした。同じ強さでぬっているつもりなのに、うすくて、色がよく分からない。はいいろっぽい茶色みたい。でも、重ねて色をこくすればきっと、金色になるんだ。金色。本物の、深い、金色。
わたしは王子さまのかんむりを、ていねいに、何度もぬった。
でも、わたしの頭の中にある金色は、いつまでも出てこなかった。
もうこれ以上はぬれない、と画用紙から顔をはなしたとき、
王子さまの頭の上で、青空の下で、大臣や家来たちの真ん中で、
かんむりは、よごれた茶色になっていた。
これじゃ、王子さまのかんむりがにせものだ。
はしっこの女王が笑っているみたいだった。
「どうして?きんいろなのに、金色じゃないの?どうしてよぅ」
何度も重ねたから、消しゴムなんかじゃ、もう消せない。
「きんいろ」だなんてうそついて。ひどいよ。
うそつきの、うそつきんいろ。わたしの大事な絵、返してよ。

「そうだったんだ。ひどいね、きんいろ。ざんねんだったね」
まことくんは、王子さまの茶色のかんむりを見て、大臣や家来や女王も見回してから、でもさ、といった。
「でもさ、すごく上手だよ。あの場面だってよく分かるし、色えんぴつのせいだって、竹内先生も分かってくれるよ。だいじょうぶ。あのね、」
まことくんは、ろうかがわのわたしの席からななめ二つ前の自分の席から、絵を持ってきて見せてくれた。
「ぼくも、これをかいたんだ」
まことくん、絵はあんまり上手じゃない。でも、同じ場面だった。そして、女王のかんむりよりも、王子さまのかんむりのほうがきれいだった。
「まことくんの絵のほうが、あのお話のとおりだよ」
目のおくのほうが、じんわり熱くなってきた。
「ふみちゃんの絵、とってもいいよ。あれ?」
まことくんのあれ?に、わたしは顔を上げた。
「そうだ!おりがみでかんむりを作って、上にはってみたら?」
目のおくのじんわりは、どこかにとんでいった。
黄色のおりがみをどうぐばこから見つけて、はさみでかんむりを作った。のりではろうとしたとき、ちらっと、きのうの黒板の字を思い出した。わたしは、うれしそうにのぞきこんでいたまことくんにいった。
「絵にはるのは、竹内先生にきいてからにする。〈色えんぴつでかきましょう〉、だったから」
そうだね、じゃ、いっしょに聞きにいこう。そういうことになった。

業間休みに竹内先生が教室にいてくれたので、わたしたちは先生に絵のことを話した。
「だから、おりがみのかんむりを上にはっても、いいですか?」
わたしは、切った黄色のおりがみを、先生の前においた絵にのせた。
女王のかんむりよりも、王子さまのかんむりのほうが、明るい黄色になった。これなら。
竹内先生は絵を手にとると、そっと、おりがみのかんむりをはずした。顔に近づけてじっくり見たり、顔からはなしたり、少しかたむけたりして、「あ、やっぱり」とつぶやいた。やっぱり?
竹内先生はにこっと笑って、わたしたちにいった。
「この絵はまず、このまま掲示しましょう。もし、どうしてもおりがみを貼りたいなら、また考えるから」
返事は、まことくんのほうが早かった。
「え、先生、どうしてですか?おりがみをはったほうが、きれいなのに」
竹内先生は笑顔のままで、「色えんぴつで描く、が決まりですよ」といった。
わたしたちは、がっかりして席にもどった。わたしは、黄色のおりがみのかんむりをどうぐばこに入れて、ぎゅっと、ふたをした。

次の日はくもり空だった。わたしの気持ちみたいだ、と思った。どんより、よりは白っぽいけれど、もやもやしている。竹内先生はきのうのうちに、みんなの絵を後ろのかべにはっただろう。わたしは自分の絵が好きだったから、いつもなら絵がはられる日が楽しみだった。出席番号順にならべられて、わたしの絵はいつも、ろうかから入ったすぐのところにはられていた。教室の後ろから入るとすぐ目の前にあって、教室に入るたびに、しあわせな気持ちになった。でも、きょうは。

教室に入って、おそるおそるかべを見てみた。あれっ、いつものところにわたしの絵がない。
先に来ていた、みっちゃんが教えてくれた。
「竹内先生、お話の場面ごとにはったみたいだよ。ろうかのほうから始まって、まどのほうで終わるの」
見てみると、一番まどぎわのかべに、わたしの絵があった。まことくんの絵の上にあって、王子さまのかんむりはやっぱり、よごれた茶色だった。

わたしは絵を見ないようにしてすごした。休み時間のたびにみんなが集まって見ているから、トイレに行くふりをして教室にいないようにした。まことくんはそれに気づいていて、昼休み、外に出ていくわたしと目が合ったとき、ちょっと手をふってくれた。少しだけ、むねのもやもやがうすくなった気がした。
昼休みの終わりごろ、雲もうすくなってきた。切れ間ができて、青空がちらちら見えている。
そして6時間目が始まる前、ぱあっと、外が明るくなった。おひさまが顔を出したんだな、そう思っていたら、背中のほうから大きな声がした。
「あれ?」
後ろのロッカーにいたまことくんがもう一度、大きな、明るい声を上げた。
「あれ?――わぁ、すごい!光ってる!ふみちゃん!」
わたしはびっくりしてふり向いた。まことくんがわたしの絵を指さしている。

王子さまのかんむりが光っていた。おひさまに照らされて、まぶしい金色に。それはまるで、
〈夏の朝日のように強く、冬の夕日のように静かに、秋の月のように深く、春の月のようにほがらかに、かがやいていました。〉
「ふみちゃんの王子さまのかんむり、本物だね!」
まことくんがとってもうれしそうにいった。クラスのみんなも絵のまわりに集まって、すごい、きれい、とおおさわぎだった。6時間目のチャイムが鳴ってもわいわいしていたので、竹内先生がぱんぱん、と手をたたいて、みんなを席につかせなければいけなかった。でも、「授業を始めますよ」と呼びかける先生の声は、くすくす笑いが混じったような、楽しそうな声に聞こえた。いたずらが上手くいったときみたいな、かくしていたプレゼントをあげたときみたいな、なぜだか、そんな感じがした。

それからは、クラスに「きんいろ」「ぎんいろ」色えんぴつブームがきた。運動会の絵をかいたときは、竹内先生があきれて笑いながらいっていた。
「みなさん、くす玉割りの絵ばかりでしたよ。徒競走も、綱引きも、ダンスもしたのにねぇ」
教室の後ろのかべには、金色と銀色のたくさんのくす玉がきらきら光っていた。おひさまに照らされて。
前に向き直ったとき、まことくんと目が合った。わたしたちはふたりとも、にんまりした。

どうぐばこに入れていた黄色のおりがみのかんむりは、ノートの表紙の内がわにつけて、とっておくことにした。わたしはそれを、きんいろの色えんぴつでくるくると囲んだ。つるつるした表紙にはあんまり、色がつかなかったけれど。

「きんいろ」は金色でした。
うそつきなんていってごめんね、だいすきんいろ。


小牧幸助さんの企画に参加しています。
お話の上下を短歌(字余りですが)で挟んだ、久しぶりの話歌わかになりました。そして、私には驚きの 4,800 字!こんなに長いお話を書いたのは初めてでした。
「うそつきんいろ。」と、今にも泣きそうな女の子が頭に浮かび、これは、この子が笑顔になるまで書かなければ、と書き始めたところ、あれよあれよと話がふくらんでいきました。
ともかく、ふみちゃんが笑顔になり、きんいろの色えんぴつと仲直りをしたようで、一安心です。

#シロクマ文芸部

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