北欧のキッチンにて
1週間程度の旅行ならまだしも、3ヶ月もここにいると日本の味が恋しくなる。スウェーデンに限らずヨーロッパは外食が高くつく。日本食レストランなどに入れば、平気で5000円は飛んでしまう。日本では当たり前に手に入る米や醤油、味噌もこちらでは高級品だ。それに、ローカライズされていることが多く日本の味とは言い難い。
そんなとき、私がどうやって日本の味を再現するか、そんな話を今日はしたい。
農心のインスタントラーメン
KALDIなどでお馴染みの辛ラーメンは日本でも大人気の韓国発・インスタントラーメンだ。ほどよい辛さと牛ダシが私の好みに合い、日本にいる頃から定期的に食べていた。チーズと卵、ネギと青梗菜を入れて煮込むのが私流である。
さて、その辛ラーメンは農心というブランドのもので、この農心は海外でも非常によく見かけるポピュラーなインスタント麺ブランドである。辛ラーメン、ポテトラーメン、ノグリなどはスウェーデンクローナで1食300円ほど、日本の2倍はするが手の出ない額では無い、そんな食べ物である。
疲れ果てて帰宅したキッチンで、よく辛ラーメンを作っている。帰宅してすぐ、荷物を自室に置いて共同キッチンまで降りる。ケトルでお湯を沸かして麺とかやく、スープを入れ、麺がほぐれたらすぐに卵を入れる。野菜があればこのとき入れる。入れるとしたら白菜かキャベツ。青梗菜はアジアンスーパーでしか入手出来ないが、そこまでして手に入れたい訳でもないので省略。卵は半熟がいいので煮込む時間はいつも少し短め。卵の代わりにひき肉を入れ、味噌を足すと坦々麺のようで美味しい。SNSをチェックしつつ、5分もあれば完成だ。
私はいつも欲張ってたくさん具を入れるので、丼いっぱいにラーメンが出来上がる。YouTubeを見つつ1人ですする。元々1人で食事するのが好きなので、あまり苦にはならない。IKEAにありそうな、薄暗い間接照明の中で食べる辛ラーメンは、どこで食べても同じ味がする。北欧にもインスタント麺は沢山あるけど、この辛ラーメンやノグリを始めとした農心のラーメンはどこの国でも変わらない。
私は日本人だけど、日本で食べていたものと韓国発ラーメンをすするときに日本を懐かしく思うのだ。
ストックホルムで親子丼
ストックホルムに限らず、ヨーロッパで日本のような薄切り肉は手に入りづらい。多くは塊肉であり、大概骨付きである。薄切り肉が欲しいときはスーパーの精肉コーナーで「極限まで薄く切ってくれ」と伝えねばならない。プロシュートがあるイタリアですらその様相らしいので、スウェーデンではさらに薄切り肉に出会えない。
しかし、鶏肉だけはほとんど日本と変わらない。鶏皮は剥いだ状態で売られているものの、鶏モモ、鶏ムネ、手羽元、骨付きの大きな肉がそれなりに安価で売っている。
ストックホルムに慣れてしばらくした頃、食事が急に美味しくなくなってしまった。まずいという訳では無い。飽きが来たのだ。チーズもパンも初めのうちは感動するほど美味しかったが、チーズもパンも私はどちらも食べる習慣がなかったため、初めは物珍しさで食べていたものの、ついに飽きてしまった。
知り合いに教えてもらったジャパニーズショップに行き、普段だったら買わないような値段の日本食材をいくつか購入した。
ジャワカレーは800円ぐらいしたし、麺つゆは300mlで1000円を超えた気がする。5点ほど購入して、6000円は超えた記憶がある。それでも、先程書いたように日本のものと変わらない鶏肉と麺つゆで、親子丼を作ろうとうきうきしていたのだった。
親子丼に限らず全ての丼は汁だくが好きだ。だから、例に漏れずその日の親子丼は醤油、麺つゆと砂糖で作っただし汁を思う存分かけた。卵をといて掻き回す。少し蓋をして、卵が半熟になったら完成。三葉があれば良かったけど、クタクタになった玉ねぎと醤油の染み込んだ鶏肉を見てそんな気持ちが吹き飛ぶほど心が踊った。
早速食べてみると、懐かしい日本の味だった。千と千尋の神隠しというジブリの名作で、主人公がおにぎりを受け取り、涙を流しながら頬張るシーンがある。まさにそれで、でもさすがにキッチンに人はいたので私は涙を堪えながら完食した。あのときの気持ちはしばらく忘れそうにない。
カレーを煮込みながら
たまにカレーを作っている。材料はシンプルで玉ねぎ、きのこ、鶏ムネ肉、じゃがいも。人参はバラ売りされておらず使い切れないのでなし。野菜は安いのでつい沢山入れてしまう。本当は無水カレーが好き。カレーを煮込む日はいつも心がワクワクしている。
私は辛いのが好きなのでジャワカレー派で、実家を出てからはもっぱらジャワカレーである。実家にいたころ、カレーは大人用と子供用に分けられていて、私は「星の王子さまカレー」か「バーモントカレー甘口」、大人には「ジャワカレー」。実家にいた子供たちが大きくなると、辛いものを苦手なメンバーへの配慮と、作る人が分けるのを面倒くさがったため、「バーモントカレー中辛」。小さいころは大人になってジャワカレーを嗜むことに憧れを抱いていた。だから「ジャワカレー」はそんな幼い私への約束を果たしたつもりで購入している。そして、一人暮らしを初めてから月に一度はカレーを作っている。その頻度でもカレーは心躍るものがある。
カレーにはそんな魔力がある。ストックホルムのキッチンでジャワカレーを煮込むとき、私の心は幼少期に戻る気がする。
終わりに
ここまで読んでくれた読者の方にはお気づきだろうが、私は食へのこだわりが強い方である。特に夕食は1日の総まとめとしてきちんととりたいほうだ。
寂しい異国暮らしを勇気づけてくれるのは、日本で慣れ親しんだ味を自分で再現するという行為。それが出来るのは私の並々ならぬ夕食へのこだわりだろう。
そんなことを想いながら明日の自分を奮い立たせるために今日も北欧のキッチンに立つのだ。