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誰にも言わない

綺麗な空色の模造紙を求めて、文房具屋の2階をうろうろしていた。ひと気がなく雑然と並べられた紙たちに囲まれていると、久しぶりに何も考えないぼんやりモードになる。このところ「次は何を優先すべきか」「あの判断で良かったか」「こういう時は何と声かけるべきか」と何をしていても頭はフル回転で、おそらく寝る時以外、常に何かを気にしていたことに気づく。疲れていた、やっとその実感が湧いてきていた。ハイの時には気づかないものだ。

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外は雨で、どんよりとした空が広がっている。店内はその重苦しい空気を搔き消すかのようにポップな音楽が流れていた。本来ならばBGMとして最適な雰囲気なのに、何だか心境に合わず、逆にかなり耳を傾けざるを得ない不思議な状況に困惑していると、急に森の奥深くに居るかのような音楽に変わった。声を聴いてすぐに宇多田ヒカルだと分かる。しかし曲名が分からずShazamすると、 新曲「誰にも言わない」だった。


「感じたくないことも感じなきゃ、何も感じなくなるから」「まわり道には色気がないじゃん」 どこでそんな覚悟と芯のある言葉や考え方が生まれて、育つのだろうと思う。音楽性だけではなくそういう彼女独特の言い回しに惹かれる人もいるだろうなとぼんやり考えながら店を出た。

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宇多田ヒカル。   今回そうであったように、店やSNSなどで通りすがりに聴いて心打たれ、そこからひたすらリピートする曲が何曲かある。映画「Destiny 鎌倉ものがたり」の曲もそうだった気がする。それなのに自分で追っては聴いていない。ミスチルや…誰を並べて良いのか分からないが… 洋楽ならガガあたりもとても有名だし、素敵な曲が沢山あることも知っているが、追ってはいなかった。気がつけば、東野圭吾や村上春樹(中学の頃、何作品か読んでいるが最近のものは全くだ)  などの作家もそうだし、もしかすると有名なアニメなどもそうかもしれない。いや、正確に言うと そうだった、になる。

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昔から何だか流行りを追うことに、どこか少し気恥ずかしさがあった。私の世代ではおそらくモーニング娘。が全盛期で、彼女たちのカードを集めている友人と一緒に話はしていたものの、そこまでハマり切らずにいたような気がする。ジャニーズもかっこ良さは分かっていても、推すほどまでには至らなかった。おそらく、私なんかが何かにめちゃくちゃハマって、ミーハーに(これって死語らしい)なるのが、おこがましいことのように思えていたからかもしれない。もしくは照れくさかったのかもしれない。そんなの、大人になって振り返れば変で、別に好きならば照れくさがらずに普通に好きだと言っていて全力でハマればよいじゃないかとも思うのだが。もしかすると自己肯定感なんかも関係しているのだろうか。まあそういうわけで、だから多くの人が良いと言うものはきっと良いから、それに自分の全情熱を傾けそうになる状況は自然と避けて通る人生を歩んできたわけだ。なんともったいない歩み方なのだろう。

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しかしそのおかげか、みんなが良いというものではなく、自力で自分の好みのものを見つける力は養われたような気がしている。ほんの少しの情報だけで、これは好きなやつだと判断できる嗅覚が備わった。だから生活の至る所に自分の好きなものを散りばめられるようになった。なんだか  最近、どこで見たかも覚えていない漫画だが、「何か面白い漫画を持ってきて」と人に頼んで探させようとした少年に、面白い漫画を沢山取り扱う古本屋が自分で探すよう仕向け、自らある漫画の面白さに気付いた少年が生き生きと漫画を読むようになるというものを見た。そうそう、自分で見つけた「面白い」「好き」って格別だよなと思った。 


ただ想像にたやすいが、結局自分で見つけた好きなものには必ず全力でハマるので、多くの人が良いというものをあまり積極的には取り入れないという努力は、全く無意味だということになる。 人とは違ったところでミーハーになっていただけだった。それに気付いてからというもの、周りの人が勧めるものも積極的に取り入れるようになった。元々身近な人、環境の影響を受けやすいことも相まって、色々楽しいと思う世界が一気に広がった。時折、自分の染まりやすさに自分で戸惑うこともあるが、何かを深めることの楽しさを知ると止められない。最近では開き直って、染まりたいだけ染まればいいと思うようにもなった。歳のせいだろうか。なるようになるだろう精神が至る所で顔を出す。

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1日に何百人と接する仕事をしている。何か1つこれが良い、好きだと公言すれば、それに関連した、もしくはしていなくても「コレは?」と比較的頻繁に提示される。それらを1つひとつ拾うのは結構労力がいるのだが、なぜか私が拾うのをモチベーションに、色々世界を広げている姿も時に見られて。何なんじゃいと、そういう時は愛おしさが増す。


良いと思うもの、好きなものを自分の中だけで温めて楽しむのもよいだろう。自力で自分の好きなものを広げていくのもよい。でもどちらにせよ「誰にも言わない」スタンスではなく、私はシェアしていくこと、影響を受けていくことも大事にしたい。その方が外に外に、繋がりが広がっていく気がするから。それはきっと生活を豊かにするはずだ。







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