22の感情のスケールを底辺から上がってきた話②
感情は、私たちが進むべき道を示す内なるコンパス。
心理学者カール・ロジャーズが「感情は自己理解と成長の鍵」と述べたように、感情を受け入れることで、私たちは本当の自分とつながり、次の一歩を見出すことができます。
でも、生きていると絶望や無力感に飲み込まれる瞬間もありますよね。私も過去はそんな感情の底を体験し、そこから少しずつ這い上がる日々を過ごしました。そこでエイブラハムの22の感情のスケールを軸に、自分のストーリーをまとめています。第1弾はこちらをご覧ください。
20代の感情底打ち体験、からどう上がる?
家を出されて上京した20代、メンタルの底。
見通しの立たない自分の将来への不安に押しつぶされそうになる日々。
この時、感情はレベル22「恐れ・悲しみ・絶望・無力感」。
今思えば、うつ状態も入っていたのだと思いますが、しっかりしなきゃ、となんとか自分を奮い立たせていた記憶があります。
メンタルが落ちた背景には、「私は親に愛されずに育った」をいう強い信念が張り付いていました。
子供心に十分、私は「よくできるいい子」をやってきたけど、親からかけられる言葉は常に、できていないところへのダメ出し、人との比較、あるいは過剰な期待。親の顔色を見て動いてはみるものの、親の機嫌で正解が変わるし、外見への非難もあったな。
そんな親同士は常にいがみ合い、お互い罪を擦り付け合っていて、家の中に心の安定や穏やかな安心はありませんでした。
これでは健全な精神は育ちませんよね。
この頃、メンタルの底を抜けたくて、ありとあらゆる本を読み、上記のように、親自身が未熟で子供に悪影響を及ぼす家庭環境のことを機能不全家族というのだと知りました。
なるほど、自分が悪いのではなかった!という知識を得たことは強烈な祝福になり、私はこれらの知識をさらに強化することに没頭しました。
「私は被害者」という沼がある
知識を得る、というのは自分自身が力を得るための大きな手段になり、それにより内面に力が湧いてくるのを感じました。その頃、レベル19「嫌悪、憤り」だった感情は、知識をつければつけるほど、レベル18「復讐心」、17「怒り」へと変化していき、自分の中に湧き上がってきたそれらの感情は、メンタルの底から這いあがる”起爆剤”になりました。
知識を得る中で、当時から強烈なパワーワードだった毒親という言葉に出会いました。関連書籍を山のように読み漁り、彼らが抱えてきた心の傷が、彼らをそうさせていることを知ります。
この事実は、私に「親をあきらめる」という新境地を与えました。ここで感情はレベル16「落胆」に。親に何かを期待するのは、あきらめるところから再出発してみよう、というのが当時の心境でした。…と比較的サッと書いてはいますが、これは当時涙ながらにした決意だったことは、ここに書き添えておきます。
やがて感情はレベル15「非難」に。でもここに大きな沼があったことを、私はずっとずっと後になってから知ります。
心の傷をどう取り扱うか、というのには、さまざまな方法があります。
直接的な方法では
間接的な方法では
生産的な方法では
これらの方法について、当時私読んだ本にどこまで書かれていたか、あるいは怒りなどの強い感情に飲み込まれて目に入らなかったのか、今は記憶が定かではありません。
私はこの中で最も原始的な「自分の怒りや悲しみを直接相手にぶつける」という方法を取りました。電話か、手紙か、帰省した時に直接か、その全部を使って、本当に全力の感情を吐き出すように、親に向かって感情を出した記憶があります。
そのぶつけ方は、外から見たら少し異常だったかもしれません。最初こそ「自分の感情をなんとかして消化したい」という思いでしたが、やがてはそのもともとの欲求に加えて「相手を変えたい」というエゴが加わっていったから。
自分自身の幸せのために、本来向き合うべきは、現実的な両親との関係、よりも、心と体における負の影響と向き合うこと。現実の世界をどうこうしようとするのではなく、もっと本質的な部分にアプローチすることが、実は早く根本的な解決に繋がります。
ですが、この渦中では「私は被害者である」という沼にすっぽりとハマってしまっていた。関連本を読んだ当時は、そう思うのがいかにも自然な流れな気がしました。そして、育ちに傷を抱える人の多くがハマる沼がひとつ、この「被害者意識」ではないでしょうか。私自身、ここから抜けるために相当のエネルギーを要したのですが、それはまた追々。
好きなこと、心地いいことで自分を癒す活動をする
ただひとつだけ、同じ頃、自分の好きなことだけに集中する時間を取るようにもしていました。
話を20代に戻して、当時住んでいた茗荷谷の駅のそばには、文京区民プールと文京区図書館がありました。そして週末になるとひとり、図書館に通って好きな小説を借りてきてはその世界に浸ったり、プールに行ってクロールで何往復か泳いだりしていました。
少し歩けばおしゃれなイタリアンやカフェが並ぶエリアだったので、ひとりで散策をした後に、お気に入りのお店に通ったり、初めてのお店を訪れてほっと一息ついたり。
まるで村上春樹の世界に出てくる主人公のように、自分のことだけを考えたマイペースな暮らしをすることが、とてもとても心地よかった。
これは、自分の力で自分を整えることそのもので、上記リストの中の生産的な方法にあたります。このあたりから感情は、レベル6「希望」から、レベル5「楽観的な姿勢」に。
自分の内面に向き合う一方で、外に目を向ければ、上京組としては憧れが詰まった都内暮らしは楽しいことばかり。山手線の中に住んでいたこともあり、散策がてら話題のエリアに足を運んでは、楽しさやワクワクを味わうのは、自分を取り戻すのに最も適した行動そのものでした。
こうして私は被害者意識を胸に、両親に直接思いをぶつけたわけです。最適な方法とは言えなかったかもしれませんが、心からの思いは彼らに届き、それによってこのあと現実が動くことになります。
ここからさらに大きく感情の階段を上がっていくことになりますが、また長くなってきたので、続きは次回に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
また次回、お会いしましょう。
フリーランスAKIKO/いやすあきこ ライフキャリアコーチ
「本当の自分と繋がって理想の生き方を実現する人を増やし、
愛や幸せの感情を世界に増やしていくこと」を使命に
働き方・生き方のサポートをしています。
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