最期まで懸命に寄り添いたいけれど、死を哀しむには時間が経ちすぎた~新章 神様のカルテ~
個人的に好きでたからものにしている小説のひとつ、神様のカルテの最新刊を読んだ。
信州にある「24時間365日対応」の本庄病院に勤務していた栗原一止は、より良い医者になるため信濃大学医学部に入局する。
大学院生として研究を進めなければならない日々も早二年過ぎた。
矛盾だらけの大学病院という組織にもそれなりに順応しているつもりであったが、29歳の女性膵癌患者への治療法をめぐり、局内の実権を掌握する准教授と激しく衝突してしまう。
今作でも一止には様々な患者が取り巻くが、ある日訪れたのは一止を頼る患者だった。29歳の母親でありながらも、ステージⅣの膵癌を患っている。
膵癌が発見が難しく、初回治療の際はもうすでにステージⅣであることも多いようで、予後も決していいとはいえない。難しい患者であるが、一止は変わらず彼女にまっすぐに向き合う。
病気を患う人、その家族は不安になる。
その不安がなくなるように待つのではなく、”それでも大丈夫”と伝える。
このときの「大丈夫」は気休めの言葉ではなく、”我々が全力で支えるから心配ない”というのは、一止の温かさの表れだと思う。
私はターミナルに入り、いわゆる緩和のために入院される患者さんの関わりがずっと苦手だった。
苦しそうにしている姿に対して何もできないときは、自分の無力さに悲しくなってしまうし、いよいよ亡くなるという前の変化はどきどきして、思い出すだけで胸が締め付けられる。
「人が死ぬというのに、不安でない人間などいるはずもない。名医であれば自身に満ちて人を看取れるようになるというのは幻想である。百人の人間が百通りの形で死んでいく。そのすべてに振り回されながら懸命に寄り添っていくのが医療者である。」
難病の診断、最先端の治療、最高の抗がん剤治療、そんなものはたくさん知識や手段がある。だけど、一歩答えのない世界に足を踏み入れると、そんなものは無力になってしまう。
苦手に感じていた原因は、きっと今までの知識も技術も何もかもが無意味になってしまうからだったんだろうなと思う。
「死」をめぐる問題に直面すると、これまでの知識や手段がそっくりそのまま活かせるわけでもなくて、ただ、目の前の人に向き合っていくしかない。
目の前の人は何を求めていて、何をすれば楽になるのか。
それを考え行動することはとてもとても難しいことだと、2年間勤める中で痛いほど感じてきた。
「患者さんのために」なんて、誰もがそう思っている。
だけど、どこかでルールや規則、自分自身の不安に縛られて、本質的な部分を見失ってしまう。
多くの医療者が渋ってしまうような状況でも、一止はまっすぐに「患者の話」をして、本人の「自宅で最期の時間を過ごしたい」という思いを叶えることに奮闘し、懸命に命と向き合っている人と同じ温度感で彼はその人と家族を支え続ける。
そんな姿を見ていると、いろんな考えがぐるぐるして凝り固まっていた思考がふっとほどけたような気がする。
医療に限らず、ルールや規則ばかりに目がいき、本当にしたかったことから外れてしまうことなんて山のようにある。
ルールはばらばらになったものを整えるはずのものだったのに、いつの間にかルールが主軸になってしまって本質的なものを見失い、本来の目的とは違うところに到達してしまう。
一止のように1本の軸がすっと通っていると、きっと大事なことから逸れず、本当の意味で「患者さんにとっていちばんよいこと」を成し遂げられると思う。
もうひとつ、死にまつわることで私のもやもやを言葉にしてくれていた。
人の死が哀しいのは、それが日常を揺るがす大事件であるからではない。あっけないほど簡単に命が消えていくから哀しいのである。
ドラマも奇跡もそこにはない。
死は過ぎていく景色に過ぎない。
よく知っている患者さんが亡くなったと聞いたときも、私自身の誕生日に心臓マッサージを1時間近く続けても助からなかったときも、目の前で何もできないまま ものの15分で亡くなる姿を見届けたときも哀しかったけど、センチメンタルな気持ちになる暇なんかなくて、日常は過ぎ去っていった。
ヒトの命も儚いんだな。
陳腐な言葉しか出てこなかった。
最後が儚くても、あっけなくても、その命の灯が消えるまでは私たちは灯し続けることに尽力するし、目の前で消えてしまうことがあってもろうそくがいつか消えるのと同じように受け入れる。
生と死に近い仕事というのは、そういうものなんだろう。
就職し、自らも一止と同じ命に係わる仕事に従事してから、おそらく初めて読んだ神様のカルテ。
紆余曲折ありながらも、看護師になって3年目。
少しずつわかってきた自分の仕事と葛藤、心持のあり方に寄り添ってくれる小説だなぁと改めて思った。
医療ものというと、シリアスな場面があったり、重苦しい内容のイメージだが、神様のカルテは命を扱う作品としてはすっきりとしていて読み終わった後は心があたたかくなる。
そして、それぞれの登場人物の言葉がぐっと刺さり、まっすぐに生きる人たちの描写や表現が美しい。
医療に関わっていない人にも読んでほしい。
そんな私の大好きな本です。