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グラハムサンド売り切れ

日曜日。だらだらつづく坂道をゆっくりこぐ。筋肉の絶対的不足について。坂をのぼるたびに自覚、反省はおこなわれ、下るときには忘れた。百閒を乗せた夏子に今日も追いつけない。

児童作品展では市内小学生の作品が所狭しとならんでいた。堂々としてみえるのは、クラスで選ばれた子の作品たち。冬子は前に小学校の廊下で見た、色と線と構図がたいへん好みであった一枚の絵を思いだしていた。きっとあれは選ばれない。

ゆっくりと見てまわり、海でおやつを食べることになった。この街から海へ冬子ははじめて自転車でいく。

いつも曲がるところを曲がらず、北鎌倉駅の前を通過する。車に注意を払いながら県道沿いを走る。

鎌倉に引っ越してくるまで、信号のない横断歩道で車が止まることはなかった。あれはただのしましま模様。こちらでは止まるのが普通らしいとわかると、しみじみ引っ越してきてよかったと思った。

とはいえ、はじめての車道をこぎつづけ緊張したのだろう。八幡さまが見えはじめた信号前で、一時停止しようと左足を置いた先に地面はなかった。あっというまに冬子は水路へ落ちた。

気づけば目線ほどの深さの場所にいた。自転車は道に倒れ、左足がちょっと冷たい。さいわい夏子と離れることなく走っていたので、すぐに気づいてもらえた。

夏子はすばやく自転車を起こし、ケガはないかと訊く。伸ばされた手につかまると冬子は地上に戻ることができた。

南木佳士『陽子の一日』は60歳のひとりの医者、陽子のある一日のはなしだ。陽子あてに送られてきた病歴要約は元同僚、黒田のものだった。

朝、「高原のパンやさん」で買った手作りブルーベリージャムをぬった食パン、レタス、トマト、豆乳入りスクランブルエッグ、飲むヨーグルト。昼、ミックスサンド、アンパン、豆乳。(いつもはグラハムサンドイッチと豆乳のよう)。夜、ごはん、豆腐のみそ汁、牛肉としらたきとネギのすき焼きのタレ煮、煮豆。その日陽子が食べたものを書きとめる。食べるものから、その人のことがうっすらわかった気になるのがおもしろい。

医者の陽子の目を通すと、排泄や性交などの生理的な行為が淡々としたものになり、目をそらすもそらさないのも描きかた次第だ、とあたりまえのことを思う。

前より解像度があがり気軽に受けた検診で、よくわからないものがある、という事実だけ渡されて苦しむ受診者が増えているという。ごくありふれた陽気な専業主婦だった女性が、検査で小さい動脈瘤が見つかったのち、精神を病み、表情を失ってしまった、という話も決して他人事ではない。黒田の病歴要約という名の自伝のようなものは、今までの陽子に起きた親切にされたことや非難を思いださせた。身体も心も過去も無傷なままではいられない。認めて、うまく一緒にやっていけるといい。ひとりの一生がひとりの一日に絡まってはほどけてゆく。

海につくと日が落ちはじめていた。こんな時間に海にいるなんて。打ちあがっているものはないか、百閒と夏子は探しにいってしまった。途中で買ったどら焼きを食べようと、冬子は空を見あげる。トンビはいないだろうか。何度もなんども見あげてしまう。大丈夫だよ、冬子。よく知っている声がきこえる。大丈夫だったじゃない。

どら焼きをかじる。今日、ちょっと危なかった。死にいちばん近づいた、もっと危なかったあの日の瞬間をまたなぞりはじめる。一線を越えたら帰ってこれない。

ふと見ると、足元まで波がきている。本のなかで陽子が注文した『カフカ短篇集』はたしか家にある。帰ったら「田舎医者」を読む。背筋を伸ばすと、冬子はできるかぎり後ろに跳ねた。





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