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雨とハク

早朝、鍵と財布とスマホとハンカチ、あと江國香織『雨はコーラがのめない』をバッグに入れると冬子は外に出た。

半袖の小学生。ブラッドオレンジ色の葉を2枚だけつけた樹。いつもとちがう駅から大きな街へと向かう。

新しく高いビルが建ちならぶ駅から海に沿うように歩く。古い建物がまじりはじめ、興味深く眺める。

週末は犬に関連したイベントが行われるようだ。リールにつながれたさまざまな犬とすれちがう。ビーグル、ゴールデンレトリバー、コーギー。冬子は犬種をあまり知らない。

白装の集団を撮影する人々。オープン前に姿勢よく日光浴をするワオキツネザル。かつて船を留めていたもの。赤レンガ倉庫。スカンディヤという名のレストラン。銀杏並木から金色の葉っぱがこぼれ落ちる。海底で光る金貨みたいだ、と冬子は思う。

はじめての道をあまり考えずに歩く。港で4匹の小型犬をつれた男性を見た。少しも止まってくれない4匹へ叱咤と激励をくりかえし、海をバックに写真をとりたいようだった。

そうか。先日会った友人の麦も保護猫を飼い始め、小さいからまだいろいろできなくて、と初めて見せる表情で話していた。育てたことないけど子どもってこんな感じなのかね。

江國香織『雨はコーラがのめない』は雨という名のアメリカン・コッカスパニエル犬との日々を綴ったエッセイで、犬が日によって友人や子どもや恋人のようになることを冬子は知る。すべての犬がそうではないにしても、雨と江國さんの濃密な時間に酔うようだった。

キム・ハナ、ファン・ソヌ『女ふたり、暮らしています。』は、長年ひとり暮らしをしていた女性ふたりとそれぞれが飼っている2匹の猫、計4匹が一緒に暮らす、よいことも恥ずかしいことも描かれているエッセイ。


 一方、人もそれぞれ異なる気候帯と文化を持つ外国みたいなもので、誰かと一緒に過ごすことは外国を旅行するような興味深い経験になる。(中略)自分だけの世界観、音楽の趣味、関心事と話し方、表情と身振り、信念と創造力、冗談の言い方––––こうした要素はその人固有の雰囲気と魅力を形成する。そして、互いの違いを尊重する旅行者としての礼儀を尽くせば、私が持ち合わせていない美しさを目にすることができる。

『女ふたり、暮らしています。』


人について書かれたことだが、冬子は犬や猫にも同じように感じることがあった。

歳をとったら猫を飼おうと思い続けてきたが、引っ越し先で猫を見かけることがなくなった。毎日犬ばかり見ていたら犬が好きになった。毎日見ることで自分の好みがたやすく変わる。それならば、毎日なにを見て暮らしたいのか、もっと考えてみたくなった。

水陸両用バスが通りすぎる。ひとりでいることに飽きたのか問うてみてもまだ答えは出ない。街全体がテーマパークのようなこの街で、冬子はどこへ向かえばいいのかわからなくなった。





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