コロナ禍での2人目出産奮闘記
コロナ禍での出産。
コロナ禍によりドイツのママは入国できず、福岡の母は高齢な上、入院を控えていたため家族に頼ることもできず。
妊娠がわかった当初、家族の立ち会い出産を希望してました。
ところが、コロナ感染者増加に伴い、子どもの入室禁止、立ち会い出産禁止と、どんどん規制が厳しくなっていきました。
でも、1人目の時に学んだこと。
赤ちゃんは自分の良いタイミングで生まれてくる。
だから、パパとお姉ちゃんと一緒の時に生まれてきたかったら、そんなタイミングになる、と割と妊娠中は楽観的に月日を過ごしていました。
予想通り、出産に近づくにつれ感染者はみるみる減っていき、これだったら娘も大丈夫!
と、思っていましたが、病院から子どもの入室禁止は変わらないとの御達しがあり…
念願だった娘の立ち会いは断念せざるを得なくなりました。
そうなると、娘をどうするか問題が出てきます。
家族、親族は遠くて頼れない。
でも、有難いことに弟子屈内で預かっていいよと言ってくださる方(Aさんとします)がいました。
ただ、これまでAさんのところには3回ほどしか行ってなく、
娘はこれまで他人の家に1人で遊びに行ったこともなければ、まして1人でお泊まりしたこともない状態だったので、正直ハードルが高いなぁ、難しいかなと思っていました。
それに、娘に家族の一大事の中1人になって孤独を感じさせたくなかったというのもありました。
夫と何度も話し合い、
今回は立ち会い出産はせず、
夫と娘2人でいてもらい、私1人で出産することに決めました。
ただ、緊急の対応のため、病院の駐車場で待機しておくということにしました。
弟子屈に来て出会った方に言われたのが
「生まれてくる赤ちゃんにとって、お産は一生に一度きりのこと。生まれた瞬間、パパとママどっちもいてくれることが幸せなのではないか」
今いる娘を第一に考えて出した答えだったけど、
赤ちゃんを第一に考えれば、違う答えがあるのかもしれない。
何がいいのかわからなくなっていた私たちは、
そもそもこれは娘のことだから、
娘自身にまず聴くのがいいのではないかという結論に至り、
時間をつくって夫と娘と話し合いました。
そこで娘が出した答えは
「ママ、私Aさんの家に行く。1人で大丈夫だよ。」
と、真っ直ぐに目を見て答えてくれました。
3歳になったばかりの娘が、家族の一大事に家族の一員として自分のできることを選択した、そんな娘の気持ちが感じ取れて、その姿に涙が出そうになりました。
出産前に、もう一度Aさんの家に行って打ち合わせして、こども園にも事情を伝え、娘のお泊まり一式を準備して、
「あぁ、やっと出産前にやるべきことは大体終わったなぁ〜」
と、椅子に座った瞬間でした。
ビシャッと破水した感じ。
トイレに行ったら、おしるし。
えっ、まだあと2週間あるのに…
たしかに、健診で3000g超えてて
「もう出てきてもいいよ〜」
とは、言ってた。
でも、バタバタしてて
やっと一段落したところだったから、
これから出産までのんびり過ごせるなぁ〜
と、思った矢先。
ゆっくりする時間をもらえなかった…😭
赤ちゃんはタイミングを見計らって生まれてくると言われる通り、
その日に限って夫と娘が帰ってくる前に夕食を作り終わり、全ての家事を終えていました。
破水が始まったのも2人が戻ってくる5分前だったので、電話することなく帰りを待ちました。
2人が戻ってきた時点で病院に電話。
破水のため、すぐに来るように言われたけど、
なんとなくまだ時間がある気がして(夫はプチパニックになっていたのを横目に)シャワーに入って髪を乾かして…
としてる間に、Aさんが娘の迎えに来てくれました。
娘もいよいよ出産とわかったらしく、
一丁前に自分の服の準備して着替えて…と、テキパキ用意してくれました。
迎えの車にさっさと乗り、別れを惜しむ私に対して
「ママ、寒いから早く閉めて」
という、あっさりした娘。
1人で寂しくないのかという心配を吹き飛ばすかのようなコメントありがとう😭
と思いながら見送りました。
夕食食べたのに、またお腹空いて、途中でおにぎりをコンビニで買ってきてもらい、頬張りながら病院へ。
夜間救急の入口から病院へ入ったのは、最初の破水から3時間経過した時。
全くまだ痛みもなく。
夫婦共にCPR検査。
検査待ちの間もNSTをつけて経過を見てると、
すでに陣痛が始まってて、子宮口も5cm開いてた。
でも、全く痛みなし。
陰性を確認以降、一歩も外に出れなくなります。
そのため大量の荷物を準備。
陣痛室へ車椅子で移動。
痛くないから歩きますよ〜と言ったけど、感染防止のためと言われ、申し訳ない気持ちで車椅子に乗りました。
陣痛室で待機してる間もNSTをずっと付けてました。
あまりに痛くなく退屈になってきたので、読んでおきたかった本を読みました📖
子宮口7cm開き、5分間隔の陣痛があってるとモニターではなってる。
でも、痛みなし。
このまま痛みなく出産できたりして😁
と、助産師さんと笑いながら、読みたかった本も読み終わったところで、
アタタタタタタ〜
激痛⚡️
急に来て、その痛みの間隔も1〜2分
あっという間に分娩室へ移動。
1人目の時、激痛始まって36時間という時間がかかったため、夫は病院着いた途端に仮眠を取り出したけど、仮眠を取る暇もなく、あっという間に分娩室へ。
1人目の時と違って、いきむタイミングとか全く教えてもらえず、完全に自分と赤ちゃんのタイミングで自由にいきませてもらいました😆
北海道に来て、車生活になり、日常の中の運動が減ってて体力がガタ落ちだったこともあり、
短いお産の時間でも息切れしてました😮💨
赤ちゃんもママの体力を見計らって出てきてくれてるんですかね?
今回はとっても赤ちゃんに労ってもらいながら産まれてきてくれたように感じました。
1人目の時に赤ちゃんと一緒にお産はしてるという感覚は掴んでいたので、赤ちゃんの声というかタイミングを感じながらのお産でした。
生まれてからも、性格は穏やかでいつもニコニコしてます。
安産だと、よく眠ってくれるんだなぁと思います。この世は安全な場所って感じてるように見えます。
1人目は36時間、壮絶な超難産
2人目は激痛わずか2時間の超安産
を体験し、その違いがどこにあったのか、
かなり私見ではあるけど考えてみました。
それはまた別の機会にお話したいと思います。
とにかく、無事命が生まれた、それだけでめちゃくちゃ幸せです。
道東は、医療体制が整ってるとは言い難い環境にあるからこそ、安産だったことはホントにラッキーだったと思っています。
その分、事前のリスクマネージメントはかなりしたのでそれも安心材料になってたかもしれないなと思います。
赤ちゃんが産まれたのは朝5時5分。
娘もその時にちょうど目を覚まして、起きていたそう。
きっと娘と赤ちゃんは離れていても繋がってたんだなと思います。
コロナ禍により、入院中面会できなかったので、約1週間の会えない期間を経て、久しぶりに娘との再開。
赤ちゃんをめちゃくちゃ可愛がってくれるし、家族として受け入れてくれています。
あの時、娘に意思を確認して良かったなとつくづく思っています。
子どもなりに家族のために力になりたいと思っているのだと、その気持ちに頼ってみることは子どもの成長に繋がるのだと学ぶ機会となりました。
赤ちゃんと思っていた娘がすっかりお姉さんになりました。
子どもの成長はホントに早いです☺️
以上、2人目出産奮闘記でした〜👋